第175話 裁きと贖罪の果て その1


 何度目かの沈黙に包まれた病室に不意にノックの音が響く。静葉さんがドアを開けると入って来たのは香紀だった。


「工藤さん、そろそろ皆が良いかって言ってるんですけど」


「ああ、そうだった。実は今日は皆さんに俺の家族に会ってもらう予定だったんだ。今後のための顔合わせってやつですよ」


 香紀に続いて入室して来たのは工藤先生の奥さんの梨香さんと杖を付いた初老の女性だった。そして春日井さんは二人と入れ違う形で病室を出て行った。香紀も付いて行ったのは気になったが今は放置だ。


「二人は妻は覚えてるよな?」


「はい、お久しぶりです梨香さん、それと……初めまして、ですよね?」


 コクリと頷いて「初めまして」と言う初老の女性はやはり初対面だ。綺姫に続いて俺も挨拶したら父の目が驚愕に見開かれ掠れた声を出していた。


「あなたは……冴木っ……さん?」


「こちらの方……そうか、この人が父の!?」


 この人が俺の祖父の被害者で、そしてある意味で父の犠牲者にもなりかけた梨香さんのお母さんだ。父にとっては因縁としか言えない相手だ。


「そう、この人は私の母よ……葦原先生も、お久しぶりです」


「っ……お、お久しぶりです冴木さん、立派になられて……いや今は工藤さんとお呼びすべきですか?」


 父は一気に緊張した面持ちになっていた。二人とは例の移植手術以来の再会らしい。そして肝心の父は裁かれる前の罪人のような顔に変わっていた。


「はい、今日まで挨拶も出来ず申し訳ありませんでした」


「い、いえ……そ、その、お忙しかったのは承知しています」


 ぎこちない挨拶の応酬に俺も緊張した。これは被害者と加害者の対面だ。しかし今このタイミングで引き合わせる狙いは何だ? 俺には目の前の工藤夫妻が何をしたいのか理解できなかった。



――――綺姫視点


「葦原先生、お久しぶりですね懐かしいです」


「はい、冴木さん……」


 梨香さんと話が終わって、お義父様は今度は梨香さんのお母さんと話していた。星明は怪訝な表情だけど私は何となく工藤夫妻の雰囲気から狙いが分かった。たぶん二人は葦原家の人達を助けたいんだと思う。


「私、怒ってるんですよ?」


「お怒りは、ごもっともです……私は……」


「何で新しい病院の事を連絡して下さらなかったんですか? 場所は昔と違うし分かりませんでした、私ももう年ですから~」


 やっぱり私の勘は当たってた。隣の星明を見ると困惑してて少し面白いとか思って見てると気付いて無いのは星明だけじゃなかった。


「は、はぁ? それは、その……連絡を取り辛いと言いますか、その」


「先生ほど信頼できるお医者さんは海外でも居ませんでしたから、また面倒見てもらおうと思ってたんですよ、最近は腰とか色々ガタが来てて」


「え? 整形外科の担当は父ではっ――――「はい、星明は静かに」


 私が黙らせると星明は少し不満そうな顔をするけど工藤夫妻は笑みを浮かべていた。後で聞いたら昔よく見た光景に似てたらしい。


「えっ、あ……いや、わ、私は……」


「それに先生が私のことでお悩みだと娘達から聞きましてね」


 お義父様も激しく混乱してて静葉さんも茫然としている。反対に工藤夫妻はしてやったりという顔で私が頷くと梨香さんもブイとピースサインを出していた。


「いや、どういうことだ綺姫?」


「梨香さんのお母さんは、な~んも気にしてないって話だよ、分からない?」


「なんだと!? それはどういう意味だ天原の娘!!」


 星明もだけどお義父様も頭は良いのに人の心には鈍いみたい。静葉さんは冷静じゃないから気付いて無かったみたいだけど雰囲気で怒って無いかくらい分かる。


「そちらのお嬢さんの言う通りよ葦原せんせ、むしろ私は感謝しているんです」


「で、ですが、私は……お、俺は……」


「娘達から全て聞いていますよ。ですが先生は私を助けてくれた恩人です何か間違っていますか?」


 確かに酷い事したのかもしれないし星明にとってサイテーな父親で私も恐い人だと思ってた。でも今までお医者さんとして苦しみながら頑張っていたのも事実だったのを私達は今日、知った。


「そ、それは、ですが!? あなたや梨香さんに行った父の仕打ちは……お、俺も加担したようなもので!? ずっと……俺は!!」


「ええ、酷い目に遭いましたとも、でも私は何度でも胸を張って言いますよ私の命を救ってくれたのは葦原先生ですって、それに私以外にも多くの人を救って来た事実も変わりませんよ?」


 目の前の人は星明のお爺さん達に利用された挙句アメリカに追放され十年以上も慣れない場所での生活を強いられた。千堂グループの介入で帰国するまで大変だったそうで普通なら恨まれると思うけど目の前の女性は違った。


「そ、そんな奇麗事きれいごと……ただの偽善で……それに俺は……」


「先生の背負ってしまった罪、私には計り知れませんし分かりません。先生が償いたいのなら償うのは勝手です。なら私が先生に感謝するのも勝手ですよね?」

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