第173話 過去と未来と その3


「で、でも知らなかった……んですよね?」


「当たり前よ、先輩は昔から医者として常に――――「言うなと言ったはずだ静葉」


 私がポツリと言うと静葉さんが声を荒げて逆に、お義父様に止められてから気付いたように私に謝っていた。


「ごめんなさい、綺姫ちゃん……」


「い、いえ……その私の方こそ……」


「これが真相だ……二人とも」


 工藤先生が改めて私達を見て話を再開した。それはあまりにも悲惨で一人の医師を根底から歪ませる程の絶望だったと私達は知ることになった。



――――葦原院長の回想


 もう二十年以上前の出来事だ。私は、いや俺は当時は医局のエースと呼ばれ出身の大学病院でも凄腕ドクターと、もてはやされていた。


「さすがだな葦原くん」


「いえ私などまだまだです。全ては教授のご指導あってこそです」


「謙遜ばかり言うな、近い内に君を助教に推薦することになるのは確実だな!!」


 この日も難度の高い施術オペを終わらせた俺は久しぶりの休暇で実家に帰ると父からいつものように実家を継ぐように言われていた。


「教授を勇退したら継ぐ、心配しないでくれよ父さん」


「ああ、お前は優秀で自慢の息子さぁ……頼むぞ世のため人のためにな……」


 それから暫くして父の建三は難度の高い移植手術を俺に依頼して来た。本来なら大学病院に属する俺には無理な話だが医局を通した依頼を受け俺は実家へと凱旋していた。自分の腕を磨くのに夢中だった俺は必死に取り組んだ。


「それにしても患者の方々は財界や政界の方ばかりですね……」


「ああ、我が国にはなくてはならない方ばかりだ。ご挨拶をしろ建央」


「は、はい!! 葦原建央たけおでございます。どうか私にお任せ下さい!!」


 全てが充実していた。それからも定期的に実家からの依頼を受けた俺はついに海外での執刀まですることになった。


「すいません……先生みたいな若くて優秀な方を海外にまでなんて……ごほっ」


「そんなこと気になさらずに冴木さんは自分の体の事だけ考えて下さい。それに海外でなら冴木さんのような患者さんの移植も容易なんです」


 俺が任された患者は母子家庭の女性だった。今までの金持ちの患者と違って父の話では特別な患者のテストケースとしてほぼ無償で施術すると言われ当時の俺はやる気が増していた。


「本当なんですか先生?」


「ええ、向こうで俺もご一緒しますし術後のケアも任せて下さい。それに早く日本に戻って娘さんと元気に暮らせるように一緒に頑張りましょう」


 俺の本来の夢は父に反対された国境なき医師団のドクターで今回の件はそれに少しだけ近付ける人助け、そして手術は無事成功し術後も安定し完璧だった。


「本当に申し訳ありません急用で先に日本に戻ります。信用できるドクター達に後を任せますが、お困りでしたら連絡を下さい。私も連絡しますから!!」


「はい、ありがとうございました先生……」


 後ろ髪を引かれる思いは有ったが大学から緊急の呼び出しで俺は緊急帰国した。後に俺はこの判断を一生後悔する事になる。それから十年後に事件は起きた。




「葦原助教授、ご実家の方から連絡が」


「分かった……君は下がってくれ。最近は減っていたが……なんだって!?」


 そこで俺はS市動乱を知り転落人生は始まった。実家の病院に戻った俺を待っていたのは女子高生と黒服の男たちだった。


「な、なんだ君達は?」


「お待ちしていました葦原 建央さんですね? わたくし千堂 七海と申します。突然ですがあなたに良いお話が有ります」


 そこで父が犯罪グループの中心人物の一人で数々の違法行為を行っていた事実を知った。そして、その事件を目の前の女子高生らが解決し病院ここが潰れる事も併せて知った。


「それで新しい病院を? 残念だがお断りだよお嬢さん」


 この件が明るみになれば大学病院を追われるだろう。なら昔からの夢を叶えるために海外へ渡る事を私は考えた。


「奥さんとお子さんを捨ててですか?」


「当然、二人も連れて行く」


 家族三人でも慎ましく生きて行くだけなら海外でもやって行ける。それに息子に、星明に海外を見せるのも悪く無い。この騒動に家族が巻き込まれるくらいなら海外に隠れ、ほとぼりが冷めてから日本に戻るのも手だと私は考えていた。


「はぁ……意外と夢見がちですね葦原さん? 正直がっかりです」


「なっ!? 何を言う!? たかが18の小娘が!!」


 だが私は甘かった。目の前の女が化物だと気付かず軽んじ正当に評価していなかった。だから簡単に足元をすくわれた。


「残された患者と病院関係者はどうするおつもりで?」


「それは……他の病院に――――「患者の中には今回の件で不安で絶望している方も多いのに、そんな患者達を無常にも見捨てるのですか凄腕ドクターの葦原先生?」


「っ……だが俺には関係が」


 本音を言えば全て私が責任を取ってケアしたい。だが家族を守るためには不可能だと分かっている。仕方なく断ろうとする私に千堂七海は更に言った。


「多くの医師を始めスタッフの方々も路頭に迷いますよ? こんな病院に居た人間を次に雇ってくれるような奇特な職場が果たして有るのでしょうか?」


「…………それは」


 違法な手続きに関わっていたのは一部だ。だが今後この病院に所属していただけで白い目で見られるのは必定だ。彼らにも私と同じく家族がいて家庭が有る。それを見捨てる事を私は動揺し躊躇ちゅうちょしてしまった。


「それにあなたの罪も有りますから、ね?」


「罪……だと? 俺が何を!?」


「こちら、冴木という患者を覚えてますか?」


 そこで私は彼女から渡された書類を見て固まった。自分が移植手術した際の臓器提供者が誘拐された普通の外国人だと知った。その健康で普通な人間から摘出手術を行ったのは私だ。


「お分かりですか? 事実は一つです」


「俺が……私が、命を奪った、だと?」


「はい、そこで先ほどの提案ですが、いかがですか? あなたの贖罪にもなると思うのですが……良い話だと思いませんか葦原?」


 そして私は院長となった。ならざるを得なかった。自分の罪と向き合う地獄を選ぶしか無かった。だが私の地獄はまだ続いた。

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