第172話 過去と未来と その2


「ここからは保護者の二人にも関係が有るので聞いて下さい」


 春日井さんが言うと、まず俺と綺姫の今後の処遇は改めて退院後は普通に学校に通って良いという話でまとまった。その代わりに工藤さん、いや工藤先生が俺達の学院に赴任し強制的に担任を交代し監視するそうだ。


「姉妹校から赴任する形だから問題無いさ」


「今回の先生は内部の人事異動みたいな感じですからね」


 春日井さんはアッサリ言うが簡単な話なのか? 普通に異動って難しいと思うのだが……でも問題は無いらしい。


「そこは大人の力さ……」


「いえグループの力ですから、実は君達の若月総合も千堂の出資する三学院の一つだから、こういう事も可能なんだ」


 工藤先生の補足を春日井さんがすると千堂グループの影響力が改めて凄いと思い知らされる。俺はこんな連中相手に綺姫を守れるのか不安になって来た。そして説明が終わると口を開いたのは父だった。




「千堂が動くなら、また私には何も出来ないか……昔と同じように」


 一通り話を聞いて漠然とした不安を抱えていた俺だが珍しく父も同じように悩んでいるように見えた。そして何かを諦めたような目をして俺に言った。


「ふぅ……星明それと天原の娘……もう何も言わん好きにしろ」


「「え?」」


 父は先日までの気力も全て失ったかのような雰囲気で溜息を大きく吐いて言った。そして付け加えるように呟いた。


「大きな力の前では何も出来ない。ただ運命を受け入れる、それだけだ」


「あなた……」


 椅子に座り込む父は少し小さく見えた。後ろの静葉さんが肩に手を置くがそれすら反応しない父は落ち込んでいるというよりも憔悴しょうすいしているようだった。


「やはり、あなたは今も……もう充分です葦原院長、過去の重荷を背負うのは」


「私は……私は、何も償う事が出来ないのだよ工藤くん」


 工藤さんの言う過去の重荷……有り体に言えば罪だろうが、それは例の動乱時の祖父の罪だろうか? 俺は思わず父に疑問をぶつけていた。


「意外ですね、ですが病院を復活させたのは素直に称賛しますよ、それに医者としても優秀だったのは聞いてます。今はメスすら握れないようですけどね」


「なっ……私が、私が!! 医者として優秀……だとっ!! ふざっけるなぁ!!」


 だが逆効果で逆に父の怒りを呼び覚ましていた。ある意味で元気になったから話を聞けるかも知れないと呑気に構えていたら父は衝撃的な独白を始めた。


「この、この人殺しの腕が……優秀だと!! お前はどこまで私を愚弄すれば気が済むのだ星明っ!!」


「あなた!! 星明くんは知らなっ――――」


「うるさい!! 多くの人々を救えると信じた私の腕が、理想が!! 死ななくてもいい人間の命を奪い続け金儲けに利用されていたと!! お前は道化だと言われた人間の気持ちが……分かってたまるものか!!」


 人殺し? どういう意味なんだ。父の言っている事に全く理解が追い付かない。綺姫と二人で困惑していると春日井さん達は知るべきだと俺たちに話し始めた。



――――綺姫視点


「二人は工藤先生の義理のお母さんの臓器移植の件は知ってるね?」


 その話は以前にも工藤先生や奥さんの梨香さんにも聞いた。動乱時前から作られた違法臓器移植のためのドナーを使用する闇ルート。それを作り出した一人が星明のお爺さんで工藤夫妻は騙された被害者側だった。


「はい、祖父が起こした事件で父がそのために奔走し病院を立て直した……それは先ほども言いましたが素直に称賛します。昔は尊敬もしていたんで」


 星明がぶっきらぼうに言うけど本音だと思う。だけどそれを聞くと荒い息を吐いていた院長いや、お義父様は星明を睨んで吐き捨てるように言った。


「尊敬か、ふっ……ハハハハ、何も知らないのだな、お前は……いや忘れたか?」


「院長どうか落ち着いて下さい……もう隠すのは無理です」


「知らせてどうする春日井くん、憐れんで同情でもしてもらうと? 惨めに情けなく、この私が!?」


 春日井さんとお義父様の話を理解出来ずにいたら今度は工藤先生が続きを話し出す。それは私や星明の想像を超えた話だった。


「二人は移植のための臓器がどのようにして提供されるか知ってるか?」


「それは提供者の死亡後に摘出し移植を……」


 星明が答えると工藤先生は正解だと答えたが他にも有ると言った。それは脳死など特殊な状態で生きている人間から摘出する方法で、それならタイミングをある程度はコントロールでき都合が良いという話だった。


「なるほど確かに色々と融通が……」


「でも、それって生きてるなら意識無くても痛そうですね」


 私が何気無く言った言葉に椅子に座っていたお義父様はビクッと反応していた。何か余計なことを言ったのだろうか?


「だが違法な移植手術にそんな回りくどい正規と同じ手段を取ると思うかい? そもそも何のための違法ルートだと思う?」


煩雑はんざつな手続きや順番待ちを無視できるからでは?」


 星明の答えに工藤先生は頷くが、それだけじゃないと話の核心だと私達の目を見て言った後に少しの逡巡の後に口を開いた。


「わざわざ脳死の人間を待つよりも健康で移植のためだけに用意された人間から移植する方が遥かに簡単だ。そして、その違法な状況で執刀した医師がカルテをすり替えられ何も知らされず手術させられていたとしたら?」


「え? それって生きてる人から取り出したって意味ですか!?」


 私が言うと星明が息を飲んで何かに気付いたようにお義父様の方を見て絞り出すような声で言った。


「まさか……父が……執刀を?」


「違う!! 知らなかったのよ建央さんは!! この人は動乱後に真相を……知っていたら絶対に……」


 星明の言葉を否定するように普段は冷静な静葉さんが金切り声を上げていた。だけど、お義父様は自らの口を開いて言った。


「言うな静葉、全ては私の罪だ……人殺しの私の……罪だ」

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