第168話 計算外の動きと余波

――――瑞景視点


 俺は急に所在不明になった星明くんの動向を探っていたら本社に呼び出しを受けた。報告はまだ先だったはずだと疑問に思いながら千堂グループ本社へと到着すると即座に会長室に通された。


「失礼します会長」


「ふぅ……来ましたね額田くん。早速ですが最悪の事態です」


 俺が入室するなり七海会長にしては珍しく憂鬱な顔をしていた。普段の自信満々な彼女とは別人な様子で俺は心底驚かされた。


「詳しく説明を受けてもよろしいのでしょうか?」


「ええ、佐伯、会長室周辺の人払いを」


 普段から七海会長の傍に控える初老の黒服の佐伯さんが頷くと部屋を出た。おそらくはドアの前で待機しているのだろう。


「それで会長、何が?」


「ええ、君のミスでは無いのですが結果的に額田くん、君の行動で当グループは最悪な事態に追い込まれてしまいました」


 それはどういう意味だ。俺の仕事のミスの糾弾かと思えば違うようだし、そもそも会長がここまで遠まわしな言い回しをするのも珍しい。


「会長?」


「例の須佐井照陽の島への護送の件で彼女の素性がバレました」


 照陽の素性がバレたらマズいのだろうか? そもそも今回は尊男とは違い実験対象では無く純粋に島流しと聞いていた。指示通りに動いたし引き渡しの問題も無かったはずだ。


「結論から言うと、例の島の者達にバレました」


「ま、まさかⅠ因子の件が!?」


「ええ、だから再度あなたに問います。須佐井照陽の偽装は完璧でしたね?」


 そう言われ俺は会長の指示を思い出す。なぜか彼女の名前も偽名で送り出し受け渡しの際には銀製の首から下げるタグ付きのプレートを持たせた。理由は分からないが変な指示だったので覚えている。


「はい、全ては会長のご指示通りに」


「偽装は完璧なはずだった……何でバレたのか見当が付きません」


 実はⅠ因子に関し例の島いや王国側は完全な排除派でこの世から全て殲滅すべしと考えている。しかし千堂グループは違っていた。


「会長、やはりⅠ因子の医療及び軍事転用は危険、かと……」


「黙りなさい!! あれには私達の夢が……失礼、とにかく君は情報が漏れた原因を探って下さい」


 会長が激昂したのを初めて見た俺は思わず「申し訳ございません」と即座に頭を下げていた。


「わっ、分かりました。で、ですが王国にバレずに動くのは、難しい……かと」


「君にしてもらう仕事は須佐井照陽の過去を探ることです。特にあなたに潜入してもらっている秋山グループ、その関係者との接点を重点的に探って下さい」


「秋山警備保障ではなくグループ全体? ですが星明くん達の監視は……」


 今の俺の仕事は星明くんと綺姫ちゃん二人の監視と緊急時の護衛だ。その合間に調べ物はハッキリ言って不可能だ。


「その仕事は本日をもって中止です。今日の呼び出しはその指示も兼ねてました」


「なっ!? どういうことですか?」


 そこで俺は突然の任務の中止に驚かされたが理由を聞いて納得した。そして七海会長がグループの危機と言った理由も理解した。


「既に二人は完全に救世主かれの庇護下に入りました。もう下手な手出しは出来ません。貴重な実験対象サンプルでしたが二人は諦めます」


 ですがと会長は続けて口を開いた。その顔は能面で冷たく、かつ口元は不敵な笑みを浮かべている。完全に怒りを押し殺した表情だ。


「グループ内に裏切者が居ました。まさか十年来の後輩に裏切られるとは……私もまだまだ甘いですね」


「それって……まさか、あの人が?」


「ええ、春日井くんです。やってくれましたよ……まさか飼い犬に手を噛まれるとは……でも忘れていましたよ彼は昔から私に噛み付いてばかりでした」


 そう言って苦笑すると会長は俺に再び新しい指示を復唱させ仕事に戻るように言った。そして最後に呟いた。


「この代償は高く付きますよ春日井くん……それに七愁時因しっしゅうじいんの皆さん」


 会長の地の底から響くような恐ろしい声を初めて聞いた。そして俺は逃げるように本社を後にした。それから数日、俺は須佐井照陽の過去を調べていたが新しい情報は見つからず調査は難航した。


「さて、どうしたものか……」


 そんな俺に連絡を寄こしたのは意外な人物だった。そして今は喫茶店でその人物を待っていた。


「待たせたな……実際に会うのは初めましてだな?」


「はい、よろしくお願いします八岐四門さん」


 情報提供者は例の八岐家の人間で星明くんの知人の男だった。そこで俺は意外な接点と情報を得る事になった。

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