第165話 真相と幼馴染 その1


「それはどういう意味ですか!?」


 春日井さんの言葉に俺はすぐさま反応した。今の言い分だと綺姫まで感染しているみたいで話が違う。


「あ、あのアタシって割とバカだし物忘れ、てかボケただけ、ですよね?」


「そうなら良かったんだけど……でも綺姫ちゃんにも症状は出ている。何より天原さんのご両親の証言と物証が有るんだ」


 綺姫の両親の証言? 俺と綺姫が疑問符を浮かべている間に春日井さんは内ポケットから折りたたまれた古めの写真らしきものを取り出していた。


「そ、それはっ!? まさか残していたのかっ!?」


「天原夫妻は繋がりを残しておきたかったようですよ?」


 父が驚きの声を上げるが春日井さんは写真を丁寧に広げると写っていたのは手を繋いでいる男女の子供だった。だが問題なのは写っている二人だった。


「俺……なのか?」

「アタシだ、この服覚えてる……」


 少しムスっとして生意気そうな男児が小さい俺だ。そして横で赤いカチューシャを見せつけるように手で指差しながら反対の手を俺と繋いでいる笑顔の少女。それは間違い無く幼い頃の綺姫だ。


「つまり……君達は正真正銘、本当の幼馴染だ」


「「ええええええええええええ!?」」


 今まで生きてた中で一番の衝撃だった。そして綺姫はなぜか抱き着いて来た。別に嬉しいから俺は構わないんだけど今はそれ所では無いと思う。




「それより、父は知っていたようですが?」


「そもそも二人を引き離したのは他ならぬ葦原院長だからね」


「「なっ!?」」


 そして俺と綺姫の幼少期の資料と言って春日井さんは封筒を渡して来た。開けて二人で見ると俺も綺姫も記憶に無い事だらけだ。俺達は小学校の入学前に出会っていたと記録が残っていた。


「これもまさかⅠ因子のせいなんですか?」


「ああ、Ⅰ因子は発症が極めて稀な代わりに発症したらあらゆる心因性の症状が出ると言われている。実際に対象者の記憶が混濁している例も有ったんだ」


 記憶の混濁と春日井さんは言うが俺や綺姫のそれは全然違う。混濁というレベルを越え記憶喪失や記憶の改竄かいざんレベルだ。


「え!? じゃ、じゃあ、アタシ達もしかして記憶喪失なんですか!?」


「簡単に言うとね、しかも偶然にも葦原院長が二人を引き離したから記憶の齟齬の発覚が今日まで遅れてしまったんだ」


 俺の中のⅠ因子が原因で俺と綺姫の記憶が改竄されたのは理解した。そして春日井さんの話によると父の介入が原因で今のような複雑な状況に陥っているのは確定だ。もっとも俺達には記憶が無いから分からない。


「でも分かっているのは俺と綺姫を引き離したのは父だというだけだ!!」


「ふんっ!! お前のためだ、あんな人間共の娘など!!」


 俺はベッドから起き上がると父に掴みかかった。今までの扱いもだが記憶の無い時まで俺と綺姫の妨害をしていたのなら今度こそ許さない。とは思ったが肝心の綺姫は落ち込んでいた。


「それ言われると何も言えないよぉ……」


「……た、確かに色々とマズい人達な気はしてたけど!!」


 正直な感想は綺姫の両親じゃ無きゃ俺も父に賛成するくらいにはダメ人間だと思う。そう思っていたら父の反応は少し違っていた。


「別に運び屋がどうという話では無い……奴らの今までの行い全てが我が家にとっては大問題だと言っている!!」


「綺姫の両親が何をしたって言うんだ!!」


 父の言葉に俺は動揺した。俺の家にとっての大問題とは意味が分からない。だから自然と大声で言い返していたが返って来た言葉は完全に想定外だった。


「その女の親はお前の実の母の経香と協力し病院の金を持ち逃げした!! そもそも経香の紹介で二人の職の世話までした!! それが当時の年間予算を使い込まれたのだからなっ!! 恩を仇で返された!!」


 その言葉に俺は掴んでいた手を降ろして固まった。綺姫の両親の話もだが母さんまで関わっていたという事実に驚愕した。


「えっ……あの事件って犯人が分かってたの、あなた!?」


「そ、そんなぁ……ご、ごめんなさいぃ~!!」


 静葉さんの悲鳴に近い声と同時に綺姫が膝から崩れ落ち泣き出してしまったから俺は彼女を抱き締めた。


「綺姫は悪く無い!! 大丈夫、そんなの気にしないで良い、からっ!!」


「葦原院長そこまでで、僕の調査でも天原夫妻と彼女、綺姫さんとご子息の関係は計画に入って無かったと証言を得ています」


 春日井さんも父に弁明し証言の書類を渡していたが父は資料を一瞥しただけで溜息を付くと冷たい言葉を投げつけた。


「いくら君の言葉でも信用できん……自分で関係無いと言っただけでは?」


 今までの話は全て綺姫の両親の証言と証拠に裏付けされたものだ。俺と綺姫が幼少期に出会っているという話以外は全て嘘という事も有り得る。少なくとも綺姫の両親と俺の母の話の件から父の言葉に納得せざるを得ない状況だ。




「ごめんね星明……記憶無くて親が最低で、本当にごめんね……」


「綺姫……大丈夫。俺達の関係は何が有っても変わらない」


 綺姫をベッドに座らせ抱き寄せて慰めるが両親の過去の悪行そして何より俺の実の母の過去まで晒されたせいで綺姫は完全に落ち込んでいた。その中で真っ先に動いたのは春日井さんだった。


「葦原院長まずⅠ因子の件が先です。個人的な話はその後に願います」


「ぐっ……だがっ!?」


「あなた、今は星明くんと綺姫ちゃんの体の方が大事よ……まずは人命でしょ?」


 さらに静葉さんも俺と綺姫を庇うように父を説き伏せる。最後に父は俺と綺姫を睨み付けるように見ると大きな溜息を付いて口を開いた。


「…………ふぅ、分かった今はその件は目をつむろう」

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