第157話 文化祭狂騒曲の表と裏 その4


 咄嗟に出た言葉に俺や海上は元より綺姫や春日井さんも一斉に視線を瑞景さんに向けた。この場の視線を一身に受けた瑞景さんは普段の冷静さを欠いていた。


「瑞景さん?」


「あっ、いや……これは、その」


 動揺する瑞景さんに対して最初に動いたのは春日井さんだった。気付けば瑞景さんの目の前に移動していて背は瑞景さんの方が高いのに完全に圧倒されているのに驚かされた。




「そうか、君が……お疲れ様」


「はっ、はい!! 春日井支社長!! S市動乱の英雄にお会いでき光栄です!! 自分も涼学の卒業生で現在は付属の大学に所属してます!!」


 支社長? さっきは係長って名刺を出してたはずだ。話が全然見えて来ない。それにS市動乱って俺の実家の病院も関係していた例の事件だ。


「十年前の話だ、その話は控えようか……なるほど七海先輩の仕込みは君か……よし、じゃあ今日は帰ろう狭霧、だいたい分かったから」


「うん、じゃあ二人とも帰るわよ~」


 狭霧さんが子供たちを連れて立ち上がり一番下の沙夜ちゃんを信矢さんの背中に預け素早くおんぶ紐を付ける速さに驚かされた。もっと鈍そうなイメージが有ったが今のが主婦の動きだろうか?


「では葦原くん近い内にまた……あ、それとタコ焼きをお土産に何個か包んでもらえるかな?」


「えっ? はぁ……分かり、ました」


 子供達が気に入ったからと言われて綺姫が何個かパックを渡すと一家は教室から出て行ってしまった。そして残されたのは俺達そして海上と瑞景さんだった。


「それで瑞景さん?」


「そろそろ話してよミカ兄」


 すぐに俺と海上が瑞景さんを囲んで取調べのように教室の一角で尋問を開始した。もう言い逃れは出来ない。


「瑞景さん、カツ丼は無いけど……これ私のおごりのヤキソバだよ」


 そしてトドメに綺姫がヤキソバの皿を置いた。出来立てでソースのいい匂いがする。どうやら手際の悪いクラスメイトに代わり自ら調理したらしい。


「ありがとう綺姫ちゃん……さて、何を聞きたい? 俺の権限で話せる事ならね」


「さっきの春日井さんって何者ですか?」


「伝説だ……君も聞いたろS市動乱、その主犯の孫の君なら」


 どうやら表面的だけじゃなくて中身まで知ってそうだ。そして先ほどの春日井さんも含めて例の空見澤市の事件の関係者と見て間違い無い。


「瑞景さんも関係者なんですか?」


「俺は……ただの傍観者、遠目で戦うあの人達を見ていただけ……当時は空見澤に住んでてね、そしてあの人は中心だった」


 中心つまりリーダー格でもやっていたのか? それとも暴動の先導者? 分からないから先を促すと瑞景さんはポツリポツリと話し出した。


「今の君達より年下の高校二年生つまり十七歳の時に、あの人は動乱に巻き込まれた……いや違う、動乱を引き起こした」


 海上や綺姫も聞いた瞬間ポカンとした顔をして途中から何かの冗談かと思って笑っていた。だが俺は瑞景さんの目が真剣で笑えなかった。そんな瑞景さんの話が続く中で校内では別な動きが起きていた。



――――咲夜視点


「よお、お前が来たのかシン」


「よりにもよってアニキですか……どうやら区長の懸念は大当たりか」


 いよいよ私達の教室に秋津夫妻を案内するとなって教室に向かう途中、それはいきなり起きた。なんか秋津夫妻の知り合いみたいな一家が廊下の向こうから歩いて来たのだ。


「えっ、まさか……信矢さん!?」


「ん? 八上くんか久しぶりだね、なるほど覇仁館の関係か」


 待って、じゃあまた道場関係者なの? それにしては勇輝さん達に比べて物腰が柔らかで雰囲気も穏やかな人だと私は感じていた。


「しっ、失礼しました!! 春日井師範代!!」


「よしてくれ、最近はあまり鍛錬も出来て無いから名誉職みたいなものさ」


 師範代って師範の次にエライ感じのあれよね? いや道場だから次に強いのかと私が混乱していると今度は向こうの金髪美人が口を開いた。てか美人率高くない?


「愛莉さん、お久しぶりで~す」


「狭霧も元気そうじゃない、信歩に霧也も覚えてる?」


 いつの間にか向こうの子供たちと話しているけど、今、気のせいだろうか愛莉さん一瞬で向こうまで行ったように見えたんですけど。


「うん!!」


「あれ? 今日は海咲ちゃん達は?」


 しかも今の凄い動きに誰もツッコミ入れて無いんですけど……どうなってんのよこれ。


「すげえ……久しぶりに見たぜ愛莉さんの縮地」


 待って聡思兄ぃ、縮地ってなに? わたし話に付いていけないんですけど……そんな困惑した私をメガネの師範代さんは見ると少し考え込んだ後に口を開いた。


「場所がマズいか……アニキ、久しぶりに店で飲ませてくれませんか?」


「おう、予定変更だ愛莉、店に戻る、お嬢には後でテキトーに報告しようぜ」


「はいはい、狭霧、それに皆も帰るよ空見澤に……あっ、じゃあ聡思と咲夜ちゃん今日は悪かった、これ、うちの実家のラーメンと餃子の無料券ね」


 勇将軒共通クーポン券とかいうのを渡されて私はポカンとしていたが聡思兄ぃは頭を下げると券の束をもらっていた。


「ありがとうございます愛莉さん」


「あ、ありがとうございます?」


 そして何事も無かったかのように二人と家族連れ四人……よく見ると赤ちゃんも背負って全員で五人家族だった一行は去ってしまった。


「何なの……あの人たち」


「すっげえ人達だ、俺あの三人の誰にも勝てた事ねえんだ咲夜」


 そんな報告しないで聡思兄ぃ……でも、これでデートをやっと続けられると思った私の背中に声がかけられた。


「失礼、少々いいかな?」


「はぁ、今度は誰よ……って、ええっ!? あんたは……」


 振り返ると美男美女……いや、美女二人? 背も高いけどスカート履いてるし女だ。だけど問題はそこじゃない。その女の顔が知っている人間に似ていた。


「す、須佐井姉っ!? 須佐井照陽? いや、違う……で、でも」

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