第152話 不穏な始まり その1

――――星明視点


「じゃあ、俺は本当に運ぶだけか?」


「ああ、葦原たちは裏方より表に出た方が良いって話でな」


 クラスメイトの男子の須藤が俺にウェイター用のエプロンを渡しながら言った。どうやら俺は本当に料理を運ぶだけらしい。


「悪いな……実行委員長とはいえ優遇してもらって」


「気にすんな、お前達が前面に出た方が都合が良いんだとよ」


 実は数日前に俺と綺姫それに他の委員二名はウェイターと決まっていた。そもそも俺たちは姫星祭のポスターに抜擢されているから表に出た方が売り上げが良くなるからと決まったらしい。


「それを提案したのは?」


「小野だ……」


 ゲッソリした顔で言う男子の肩をポンと叩くと俺は元凶を見た。その女は綺姫の写真をパシャパシャ撮っている。後で回収する算段を付けるべきだと密かに誓った。


「呼びましたか~!! もちろんSNSを始め情報の拡散に余念は有りません!!」


「肖像権って知ってるか小野?」


「バレなきゃセーフな権利のことですよね?」


「ああ、バレたら一貫の終わりだが?」


 涼しい顔して取り合う気は無いようだ。俺がそのまま言い合いを展開しようとしたら後ろからクイクイ引っ張られる。


「星明、皆はアタシ達が居ない間も頑張ってくれてたし、ね?」


「……分かったよ綺姫」


 そう言ってエプロンを付けてレクチャーを受ける綺姫を見て俺も諦めた。そして俺が次に気になったのは綺姫たちのエプロン姿を食い入るように見つめている男子連中だった。


「さすが一組の三ギャルだ……」

「天原さん髪短くなって雰囲気変わったけど最高だろ」

「いや海上さんと浅間さんも中々」


 なるほど、確かに綺姫には劣るが海上も浅間も似合っているな。だが俺からすれば制服姿にエプロンを付けている姿は割と日常で、なんなら今朝も見たばかりだ。


「ちょっと男子ぃ~、ジロジロ見てないで仕事してよ~」


「分かったよ……」


 ちなみに例の須佐井が暴れた一件から我がクラスでは男子の立場は弱い。俺が殴られている時に誰も助けに入らなかったり見て見ぬ振り、最後は逃げ出した者まで居た結果、完全に女子優位のクラスになっていた。


「星明!! じゃあ頑張ろ、今日は練習みたいな感じだし!!」


「たしかに外部のお客さんは明日からだ」


 なんて思っていたが甘かった。俺は改めて綺姫の校内での人気を甘く見ていた。




「一番テーブル出るよアヤ!! タコ焼きセット二つ!!」


「葦原!! 三番に焼きそばセット頼む!!」


 今日は生徒しか居ないはずなのに我がクラス大繁盛だ。しかも今は午前中で、まだ俺と綺姫しかウェイターが居ない中で客足は衰えず、むしろ増え続けていた。海上や浅間は今は実行委員の見回り中だ。


「はい、こちらタコ焼きセットで~す」


「ありがとうございます!! 天原先輩!!」

「お、俺、追加で焼きそばを……」

「俺も俺も~!!」


 綺姫は男子の接客そして俺は女子の接客に別れていた。さすがは綺姫で夏休み前まではコンビニバイト、他にもバイトをしていたから接客は余裕だ。そして俺も夏の経験から接客は出来ていた。


「こちらは焼きそばセットになります……どうぞ」


「ありがとうございま~す、ホッシー先輩!!」


 例の朗読劇や小野の新聞その他SNSのせいで俺も有名人だ。お陰でこうして声をかけてくる後輩も多い。


「あの、先輩ってアヤ先輩を助けた時って~」


「ああ、その話は……ふっ、懐かしいな」


 最初は不安だったが、なぜか教室内では発作も動悸も耐えられるレベルで自然と俺も綺姫の話だからと饒舌になっていた。


「あのぉ……天原先輩?」


「うっさい黙ってて……星明ぃ、何で女子と普通にぃ……」


 こんな感じで綺姫がトレイを曲げそうな勢いで睨んでいるのにも気付かず普通に接客が出来ていた。こうして初日の我がクラスは好調な滑り出しから始まった。


「さっきからどうしたの綺姫?」


「べっつにぃ~」


 そのまま午後は俺達はペアで校舎を巡って見回りだったが綺姫は不機嫌だった。何となく空気が重いし綺姫は俺の腕に抱き着いて離れなかった。


「一応は公認だけど少し離れた方が……」


「へ~、星明も言うようになったね~」


「綺姫? 何か怒らせちゃった?」


 先ほど視察したクラスで買ったベビーカステラを食べながらムスっとする綺姫を見て少し不安になる。


「怒ってないから!! 嫉妬してるだけ!!」


「嫉妬する場面なんて……」


「クラスでも後輩たちが声かけてたし、さっきだって校庭での揉め事を解決して女子に囲まれちゃってさ~」


 実は俺も疑問だった。カウンセリングや検査の結果、最近の俺は女性への一定の耐性が付いているのは事実だし綺姫が居れば無効化を出来るのも分かっていたが、それは年の離れている女性限定で同年代には反応していたはずだ。


「まさか症状が治りかけてるのか?」


「えっ!? じゃあアタシいらない子なの!?」


「いや、それは無いよ。だって綺姫は俺のフィアンセだから」

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