第150話 動き出す者達と祭の始まり その1
「…………何の用よ詩月」
「ふふっ、いいザマだね」
案内された牢の中には警察から極秘に引き渡された須佐井照陽が居た。世間的には彼女は死んだ人間だ。もっとも死亡届も出していないし普通に釈放させたそうだ。そして関係者にだけ死んだと通達されたに過ぎないのが今の照陽だ。
「わ、私はてっきり尊男と同じで海外で消されると思ったんだけど……違うの?」
「最初はその予定だったんだけど事情が変わったんだ」
「へえ、聞かせてくれるの? 私は……生きれる……の?」
先ほどまで
「ああ、照姉ぇには例の薬物を作った国に飛んでもらう事になったよ」
「なっ!?」
「それが生き残る条件だ照姉ぇ、僕をいや……わたしを生贄にして追い出した時とは逆になったね?」
ニヤニヤと愉快そうに嗤う彼女は普段の冷静さは鳴りを潜めていた。この嘲笑そして人を見下す姿は須佐井家の人間だと改めて思い知らされる。敵に回ると厄介だ。
「詩月、だってあれは爺さん達で私は関係無い!!」
「長子の役割を私に押し付けて今さら関係無いは通らない!! 僕は幼少期から人前では男を演じなくてはいけなかったんだ家のためにね、それが邪魔になったら女に戻って山奥に追放?花嫁修業だ!? ふざけるな!!」
そして激高した。やはり彼女は事情が有って男装していたようだ。
「仕方ないじゃない!! 尊男が生まれるのなんて私だって分からなかった!!」
「でも、あのバカを焚き付け僕の追放を手引きしたのは照姉だろ?」
そこで詩月さんは話に付いて来れてない俺と佐々木さんに須佐井家の過去を語り出した。須佐井家は昔は地元で有力な豪商だったが徐々に衰退し祖父の代で会社が一つと土地が少しという全盛期に遠く及ばない有様だったそうだ。
「だから祖父ら一族郎党は一念発起し建設業を始め、結果は父の代で大成功だ」
須佐井建設は彼女らの父つまり現社長の代で安定したが祖父らの代で色々と無理をして会社を大きくし権力は数年前まで祖父らの手の内だったそうだ。
「だが順調な須佐井家に問題が起きた、二人連続で女児が生まれてしまったんだ」
「そこでジジイ共は私に男になれって無茶振りしたのよ」
詩月さんの言葉を受け口を開いたのは牢屋の照陽だった。祖父らの価値観は江戸時代で止まっていて当主は男だと譲らず、そこで祖父らは長子の照陽に男装させ跡継ぎにしようとした。だが照陽は両親に泣き付いた。
「さらに無茶振りは照姉ぇだろ? 僕の方が父さんの血が濃いから男装に向いているって二人を納得させたじゃないか……」
「私だって、女の子でいたかったのよ!!」
◆
照陽の絶叫が地下牢に響くが話はまだ半分らしい。そこで幼少期から家の外では男としての振る舞いを強要された詩月さんは苦労したそうだ。だが転機は再び起こる。それは須佐井尊男が生まれた事だ。
「母さんは高齢出産だった、しかも私達を連続で産んで肩身も狭かったらしい、だから殊更あのバカを大事にしたんだ」
そして尊男が生まれてしまったから、お役御免となった詩月さんは既に当主として帝王学に近い教育を受けさせられていたため、今度は姉として尊男の教育係を強要された。
「ところが、あのバカは僕が邪魔になったんだよ。ま、口うるさかったからね……」
その後、詩月さんは家で孤立し祖父らの命令で全寮制の中高一貫の女子高へと送り込まれた。そこは淑女養成のお嬢様校で詩月さんの人格や考え方を女に戻そうとした結果らしい。
「そして、我が麗しの
「なるほど……そして追放に加担したのが彼女だと?」
「違うよ額田くん尊男を
「そうよ!! だって、あんたは秀才で父さんに頼りにされて母さんは尊男を溺愛してる……だから近い内に私が生贄になるのは目に見えてた!!」
だから詩月さんの追放を唆したそうだ。祖父らに16で地元の名士の愛人になれと言われ焦った末の凶行だったらしい。その結果、淑女に育てられ生贄になるのは詩月さんの方になったらしい。
「だけど天は私に味方した、千堂会長のお陰だ……あの年寄り共を処分してくれたんだから……私はその日から全てを売り渡すために準備を始めたんだ」
とある事件に千堂グループが介入した際に、その余波で祖父らは偶然にも巻き込まれ存在を消された。そして後には現社長夫婦の家族のみが残り二人は今までの罪滅ぼしで照陽や尊男を甘やかし放題になったそうだ。
「ただ僕は忘れられた、だから裏から我が家の情報を七海会長にお送りできた、でも照姉もやるね、リークしたのが僕だって気付いたのは貴女だけだ」
「そりゃ親はお花畑だし、あの
なるほど工藤警視から聞いた話は本当らしい。尊男は綺姫ちゃんに手を出す前に練習と称し分かっているだけで八名の少女を無理やり手籠めにしたそうだ。
「だがそれで足が付いた……あの二人には感謝しかない。バカを追放し海外へ送ってくれて、しかも七海会長の役に立てたんだから!!」
「詩月……あんた、そこまで……」
佐々木さんも絶句していたが俺も驚いた。だが同時に須佐井詩月にとって、この世の春だと内心で嘆息するが実際に彼女がグループに付いてくれたのは大きい。
「僕は、わたしは……やっと自由だ」
「そうよ、私の負け、あんたはもう自由よ……」
照陽も諦めと同時に生き残れると分かったからか余裕が有った。後は俺が彼女を送り届けるだけだが、この場の誰も気付いていなかった。
この照陽の追放劇が俺や千堂グループが一番警戒する相手を呼び起こしてしまう事に繋がるなんて思ってもみなかったんだ。
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