第138話 災いを呼ぶ名前 その3
「やっと分かった……聡思兄ぃが私を避けてた理由」
浅間はメイクが落ちてパンダみたいになっているが綺姫が新たに渡したタオルでゴシゴシ顔を拭くと目が怒りに燃えていた。
「咲夜はやる気だよタマ」
「う~ん、でも最初の目的と違うし……そもそも嫌な予感しか」
いつの間にか綺姫と海上が二人で小声で話していた。海上の話し振りから嫌な予感しかしないし、この状況に満足しているのは瑞景さんくらいだ。
「聡思兄ぃ!! 須佐井姉をギャフンと言わせたら私と付き合ってくれるの!?」
「い、いや、まだクリスマスまで有るし、そこで色々と考えていて、その後に……」
そういえば聡思さんは浅間の告白にクリスマスまで待って欲しいと返事をして仮の恋人期間だと言っていたのを今さらながら思い出した。
「じゃあ答えて!! 私の告白受けられなかった原因は須佐井姉なんだよね!?」
「ぐっ、それは……その、通りだ」
そらサークラに引っかかって引きこもりになりましたじゃ言えないよな。同じ男としても恥ずかしいからキッチリ後始末してからの方が気分も良いだろうし浅間と向かい合えると思ったんだろう。
「落ち着け浅間、聡思さんだって悩んでいたんだ……」
「星明……」
隠し事しながら生きて行く辛さは痛いほど分かる。だから理解したらどうだと俺は浅間に諭したのだが彼女は止まらなかった。てか、むしろキレていた。
「葦原、知ってたんだ……まさか聡思兄ぃに相談されて黙ってたの!?
「い、いや、それとこれとは話が……」
「アヤとの恋も応援してあげてるのに~!!」
そう言われれば俺は弱い立場な訳で……黙ってしまった。その後も浅間を落ち着かせるのに一時間近くかかって気付けば当初の目的を完全に忘れていた。
◆
「じゃあ、須佐井姉に仕返しする方向で決定ね!!」
その後は浅間が聡思さんから無理やり聞き出した情報を元に色々と決めてしまい今の発言のような方向性に確定した。
「僕もそれでいいと思うよ」
「ですよね~!! さっすが瑞景さん!!」
そして問題は、その瑞景さんに上手く乗せられているという話だ。今の所は怪しいが敵では無いし何より相手が須佐井というだけで心のどこかで納得していた。あの家でまともな人間は詩月さんくらいだろう。
「綺姫いいの?」
「え? 星明どうして?」
あいつを、尊男を海外に永久追放、少なくとも十年は日本に帰って来れない。この間の話し合いで須佐井家とは、ほぼ縁が切れた。にも関わらず再び関わるのは火中の栗を拾うようなものだ。
「だから俺は正直、気が進まない」
「当然ね、それに今は姫星祭のことも有るし」
俺の言葉に追従するように海上も理解を示してくれた。浅間は不満顔だが聡思さんも俺の懸念は当然だと言ってくれた。だが当の綺姫の答えは違った。
「アタシは咲夜を応援したいな、それにメインは飽くまで二人でアタシらは準備を手伝うだけ……でしょ瑞景さん?」
「ああ……それに星明くん達には間接的な協力で充分さ」
そこで瑞景さんの話を聞いて俺は「なるほど」と納得せざるを得ない話を聞かされてしまった。確かに俺と綺姫へのリスクは最小限で聡思さんの本懐も遂げられる。しかも俺達にも有利に働き、ぶっちゃけ良いこと尽くめだった。
「ですが、やはり……」
「一つ君達にとって嫌な情報だ。須佐井尊男の件で姉の照陽はご立腹だ」
あんなのでも弟だし、きっと溺愛していたのだろう。あの狂ったように溺愛する母親と同じように……そう思ったが瑞景さんの答えは違った。
「違う、尊男は姉の照陽に多額の借金をしている」
「あっ!? そういえば須佐井ってお金持ちだった、お父さんが社長だったからじゃなかったんだ!!」
綺姫の言葉に海上と浅間も頷く。二人の話では奢ると言う時は何かと目付きが、やらしかったり凄まじく不愉快で綺姫をガードするためカラオケ等も付き合っていたらしい。
「そうだったのか……」
「まあ、あの当時のアヤはアレが大好きだったからね」
浅間が言うと綺姫は過去の嫌な思い出を恥じるように俺を見て呟いた。
「うん、星明と会う前のアタシって盲目だったし」
まるで変な暗示や呪いにかかってたみたいにバイアスがかかってたとは海上の言い分だ。俺は見てないから知らないが仲の良い二人が言うのだから間違いないだろう。
「話を戻すと今は良くても何年後かに照陽は間違いなく君達に報復するだろうね」
「ですが瑞景さんの推測なのでは?」
「もちろん証言も有るし俺が信用出来ないなら君が本気を出して調べたらすぐに真実だと分かるよ?」
その自信満々な態度から恐らくは確実だろう。一応は実家の静葉さん、それに久しぶりに八岐金融に四門さんと会おう。あの人なら金次第で目の前の瑞景さんのバックも調べてくれるはずだ。
「ふぅ、分かりました。どの道、綺姫と俺の平和を害するなら排除するまでです」
俺の答えに満足したように瑞景さんは笑顔で頷いた。
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