第130話 上書きされる思い出 その2

――――星明視点


「兄さん、ありがとう!!」


「星明兄ちゃんサンキュー!!」


「ありがと~」


 三人がキラキラした目で例のキーホルダーを欲しがるから買ってやったのだが明らかにぼったくり価格だった。お祭価格とも言うが梨香さんにダメと言われた三人は俺のとこに来たのだ。


「三人とも、お母さん達には秘密だぞ?」


「「「は~い!!」」」


 返事だけは良いなコイツら……ウキウキした様子でキーホルダーを持って行き女子達に自慢していた。どうやら秘密という言葉を三人は知らないようだ。お小言に巻き込まれる前に逃げよう。


「まったく……そうだ綺姫は、ああ、あそこか」


 弟と小学生二人の相手をしていて完全に恋人から目を離していたが二つ隣の夜店で綺姫は熱心に何かを見ていた。それに気が付いて近付くと夜店のお婆さんが目線で俺を制し口の端を上げている。


「そうねぇ、贈ってくれるいい人とか居ないの?」


「いやぁ、それは……」


 なるほど、商魂たくましい婆さんだと俺は思った。俺達が隣で騒いでいた時から既にターゲットにされていたか……だけど渡りに船だと思って口を開いた。


「ここにいる……そうだよね綺姫」


「あっ、星明、いや……その」


 乗ってやるよ……その挑発……だって綺姫がこんなに見ているんだ。絶対に何か気に入った物が有るに違いない。




「おやカレシさんかい?」


「あっ、そのぉ……」


 俺に見つかって口が重くなるのを見て俺は素早く並んでいるくしかんざしを見た。なるほど決して安い品じゃないし値札のゼロが一つ多い。綺姫が気にする訳だ。


「はい、彼女の婚約者です」


「あら~、いるじゃないの……いいひとが」


「アタシ達……今日したばかりで~」


 そう言って苦笑する綺姫はチラチラ俺を見て離れたそうにしている。最近は甘えてくれる事も多くなったけど未だに金銭面で遠慮していることが多い。完全に俺が原因な自覚は有る。


「まあまあ、それは大変、でも指輪は?」


「あっ、アタシ達まだ学生で、そういうのはまだ先で」


「あら、将来の旦那さんはお嫁さんの指や頭の方まで少し寂しいのは気付かなかったの?」


 そして目の前の婆さんはやたら俺を挑発してくる。だが上手い援護にもなっていると気付いた。ならば乗らせてもらおう。


「そうですね迂闊でした」


「なら……ねえ?」


「……綺姫、この浴衣にいや違う、君に似合う物を贈らせてくれないかな」


「星明……で、でも」


 迷っているけど綺姫は正直者だ。目線でどれが欲しいのかは一目瞭然で紅い珠が付いているのが欲しいのだろう。相場は知らないが綺姫が躊躇する値段だ。


「俺が君に贈りたいんだ……綺姫の全部を俺の物にしたい」


「あっ、それって」


「あれに変わる物にして欲しい、俺も人並みに嫉妬心は有るんだよ」


 耳元で言うと綺姫はビクンと震えていた。少し強引過ぎたかもしれない。もしかしたら綺姫を怯えさせたかもしれないが俺にも余裕はあまり無い。あれに変わる物で綺姫を完全に俺だけの……女にしたいんだ。


「うん、嬉しい……やっと言ってくれた」


「え?」


「アタシ、自分じゃ決断できなくて先延ばしして……星明に無理やり奪ってもらうの待ってた……あの夜みたいに」


「……綺姫、ごめんね気付くのが遅れて」


 そして綺姫が選ぶのは俺の予想通り紅い珠の付いた珠簪しゅしんだった。それを付けて欲しいと言われ俺は婆さんの指示に従って綺姫の髪にした。


「うんうん、中々いい感じね!! 似合うわ」


「ね、ね? 星明どうかな?」


 鏡を持ったお婆さんの声が心なしか弾んでいて若返っているような気がした。ま、テンションが上がったからなのだろうが少し違和感も感じた。


「世界で一番、似合ってるよ綺姫」


「ありがと……星明」


 かんざしは昔は、それこそ江戸時代くらいにはプロポーズの品にも使われた物で今回の俺達にはピッタリの品だと言われた。


「へえ、そんな所以ゆえんが有ったのですか」


「ええ、『あなたを一生守る』とかそういう意味で贈られた歴史も有るの」


「つまり実質これがアタシの婚約指輪!?」


「本当の指輪は少しだけ待って……必ず用意するから」


 綺姫は目に涙を浮かべて待ってると言ってくれた。今でも贈る事は出来るけどキチンと綺姫に責任を持てるようになってからだ。どんな未来を選ぼうともその未来だけは絶対に実現してみせる。




「という訳でアタシ達、婚約しました~!!」


「「は?」」


 あの祭から数日後の朝、綺姫は俺の贈ったかんざしを挿すために髪型を祭の日のようにアップにしていた。早起きして鏡の前で準備してたのは気付いていたけれど、まさか合流場所に着いたと同時に海上、浅間に宣言したのは驚かされた。


「綺姫……それは」


「だって~、二人に言えてなかったから今朝こそはと思ってさ~」


 ちなみに祭の日の夜から数日は毎晩のように夜が盛り上がり過ぎて寝坊したので今日が簪デビューになったとは言えなかった。今日の綺姫は朝から気合を入れた表情だったがこれを言いたいがためだったとは……。


「いやいや、あんたら学生てか未成年よね?」


「許可は取ったよ!! うちの親は論外!! オーケー?」


 ポカンとした顔で海上が俺の顔を見るので頷くと「マジか」と言って綺姫を見た。そして浅間は一瞬の硬直の後に綺姫に掴みかかって涙目になった。


「いやいやオーケー? じゃないわよ、私なんてまだ付き合えてすら無いのに……何歩先に行くのよアヤ……私ら親友よね?」


「大丈夫だよアタシは少し先で待ってるから、ファイト!!」


 裏切者と叫んだ浅間の悲痛な叫びが朝の駅前に響いたが綺姫は笑顔で釣られて俺も笑顔になる。今日から俺達の関係はまた一歩進んだ。より強い絆と想いで結ばれた俺たちには、もう過去なんて関係ない……そう思えた。

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