第127話 つきまとう過去 その2


「あっ!? アタシもです、もう引っ越しちゃったけど……」


 綺姫の言葉に今さらながら引っ越し前に俺達は会ったことが有るかもと思った。実家は病院で診察に来る可能性はゼロじゃない。何より綺姫の父も実家の病院の関係者だった経緯もあるし今度調べてみよう。


「そうだったのか……ん? 天原? どっかで聞いた覚えが」


「さ、さぁ!! 話の続き、お願いしま~す」


 バーのマスターとしての顔をした勇輝さんの言葉をかき消すように綺姫が声を上げる。何となく綺姫の親の話は嫌な予感がするから俺も工藤夫妻に続きを促した。


「実は俺と君は少し立場が似ている。まずS市動乱だが大きく二つの事件に分けられるんだ。一つは警察主導の蛇塚組という極道組織の壊滅作戦。そしてもう一つがこの商店街の奥に見える空見タワーでの市民の乱闘騒ぎだ」


「その事件に祖父や父が?」


「君のお父さんの立場は複雑でね、だけど主犯の一人は君のお爺さんで間違いない。そして三人の中心人物の中には工藤 透真……当時の県警本部長で俺の父もいた」


「えっ?」




 その話を聞いて綺姫も驚いていたが俺は妙に納得した。聞かされていた話でも事件の黒幕は県警本部長とヤクザの組長そして当時院長だった祖父という話で矛盾は無いからだ。


「そして父を直接逮捕したのが弟の優人だ」


「工藤警視が……」


 弟には辛い役目をさせたと言ってカクテルを一口飲むと梨香さんにお酒はほどほどにと言われてグラスを置いていた。そして交代するように勇輝さんが口を開く。


「ま、アキさんも俺らとタワー襲撃してサツをクビになったしな」


「え? 工藤さんって教師では?」


「色々あって警察官を辞めて今は高校で教師をしてるんだ」


 俺が驚いていると転職する際に色々と有ったんだと工藤さんは語った。だが今の所、俺と工藤さん達の接点は事件の加害者を家族に持つというだけで静葉さんが遠慮するほどの理由は見当たらない。


「じゃあ、そろそろ本題に入りましょうか……良いですね静葉さん?」


「え、ええ……そうですね」


 いつの間にか静葉さんも後ろに居て俺達の近くのカウンター席に座る。これで役者は揃ったのだろう。


「まず星明くん、あくまで私は当時の病院側に一定の感謝はしているの」


「え?」


「私の母はドナー移植してもらって助かった元患者なのよ」


 梨香さんの話では彼女の母親は移植が必要な大病だったが祖父たちの作った違法な臓器ルートによって救われた人間だという話だった。


「あれ? じゃあ何で?」


 綺姫の疑問も当然で俺も梨香さん達は祖父達が起こした事件で迷惑をかけられた被害者側だと思っていた。


「確かに……失礼ながら違法ですけど命を救ったんですよ……ね?」


 霧華さんの話じゃないが生きるためには法の目をかいくぐる事も必要で今回はそれに当たるのではと俺は考えた。だが俺の認識は甘過ぎたとすぐに理解させられることになる。


「ふぅ、ここからは私が話すわ……梨香さんのお母様の移植が行われたのは梨香さんが高校生の頃の話で、つまりS市動乱より更に前で二十年以上前よ」


 俺が生まれる前の出来事、つまり祖父はその頃から違法な行為に手を染めていたという話になる。さらに静葉さんの話は続いた。


「星明くん……あなたのお爺さんの葦原建三元院長たちは外部に情報が漏れないよう口封じのために梨香さんのお母さんをアメリカで手術させ、そのまま日本から追放したのよ」


「どういう意味ですか? そもそもドナー移植しただけの患者の口封じって意味が分からないですよ」


 静葉さんの話が理解出来ず詳細な説明を求めると実態が見えて来た。まず梨香さんのお母さんは違法なルート開拓のためのテストケースとして手術を受け命は助かったが代わりに一連の事件の共犯にさせられたそうだ。


「いや、そんなこと可能なんですか?」


「当時の梨香さんは高校生でお母さんは寝たきり状態、そんな前後不覚の状況で同意書に署名しちゃったのよ……中身も確認しないでね」


 口を挟んだのは弁護士の顔に戻った霧華さんだった。その同意書には違法な行為に積極的に同意する旨などが盛り込まれていたが気付かず当時の梨香さんの母親は署名してしまった。


「後は手術後にそれを教えられ……署名した母は勝手に犯罪者の仲間入り、日本に戻った瞬間に逮捕されるよう手を回すと工藤本部長に脅され私だけ帰国したの」


「つまり星明くん、梨香さんとお母さんは私達の家に騙され十年以上も苦しめられた被害者の一人なのよ、そして被害者は他に何十人もいる……ルート開拓後のお金持ちの安全な臓器移植のために実験台にされた多くの人達がね」


 そしてその中には死者も出たらしい。幸いにも梨香さんのお母さんは日本から帯同した医師が付き添ったから問題は無かったが一歩間違えば他の患者のように医療事故として処理された可能性もあったそうだ。


「私達の病院は……その犠牲の上に成り立ってたのよ」


「そんな……ことが」

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