第120話 綺姫の決意 その2
「波江!! いい加減にしないか!!」
「母さん、何日も話し合ったろ?」
無事に終わりそうだった雰囲気を土壇場でぶち壊し叫ぶ須佐井母に二人は頭を抱えていた。そして相手の弁護士は真っ青だ。
「何で、何で私のタカちゃんだけこんなに辛い目に遭うんですの!! あんた達には人間としての情とか優しさは無いのっ!?」
そう言って俺と綺姫を睨みつけるが俺達は開いた口が塞がらなかった。ここまで厚顔無恥だと呆れを通り越して感心すらしてしまいそうになる。
「奥さま落ち着いて、何も一生会えない訳では無いのですよ」
「弁護士先生なのに私のタカちゃんが可哀想だと思わないんですの!?」
向こうの弁護士に言っても無駄と悟った須佐井母は今度は竹之内先生に視線を向けるが彼女は遠慮せずバッサリ切り捨てた。
「自業自得では?」
「たしかに……あっ、失礼」
それはそうだと須佐井母以外この場の全員が頷いていたし相手の弁護士まで思わず口が滑ってしまうくらい須佐井尊男のクズっぷりは救いようが無い。
「俺が被害届を出したら前科が付いたんですよ? むしろ感謝して欲しいくらいだ……俺の綺姫を傷付けた報いには安すぎる」
そして俺も便乗して言っておく綺姫が料理に対して不安そうにしていた諸悪の根源はコイツだ。心なしか綺姫がいつも以上の笑顔で手を握ってくれているのは気のせいだろうか?
「なっ、何て酷い子達なの、タカちゃんのような優しさを持ってないのね!!」
「優しさが有ったのなら今頃あなたの息子は地球の裏側に居ないのでは?」
「ああ言えばこう言う!! 口だけは回るのね忌々しい!!」
埒が空かないと思っていた俺達だがガタンと目の前にグラスが叩きつけられた。
「お客様、うっせぇので、お・し・ず・か・に!!」
◆
――――綺姫視点
水の入ったグラスをテーブルに叩きつけた茶髪の女性が須佐井母を睨みつけて言うと一瞬だけ時が止まった。エプロンしてるし店員さんみたい。
「あ、あなた失礼では――――「うっさいねえ、そっちは失礼が服着て歩いてるようなもんでしょオバサン」
「なっ!? なぁんですってええええ!!」
思ってても誰も言わなかったことを平然と言うのはスカッとしたけど、お姉さん客商売的に大丈夫なの?
「大体、聞いてりゃ結局は、そこのオバサンいや料理研究家とかいうクソマズレシピを本にしてる女のせいでしょ?」
「なっ、なんですってぇ!!」
「あんたの創作料理本を買って弁当作ったら家族から大不評だったのよ!!」
それで喧嘩ふっかけて来たんだお姉さん……でも尊男の話では本は大好評で爆売れのはずでは? 私も自慢されまくった覚え有るし。
「そ、それはあなたが――――「はぁ? こっちは調理師免許持ってるプロなんだけど? あんた持ってんの? 栄養士とかでもいいけどさ」
「そ、それはっ!? そのぉ……」
あれ? なんか流れ変わったよ。でも人は見た目によらないな……いかにもなヤンキーそうなお姉さんでも料理のお勉強してるんだ。
「はっ、ど~せ元専業主婦がお気楽でやってるだけでしょ、素人がイキんなよ」
「店員さんの言うことも一理あるかも、私も奥様のレシピで作った料理よりも昨日のアヤちゃんのご飯の方が美味しかったですから」
「な、なんですって~!? その子の料理より私の料理が……そ、そんなはず」
それは少しオーバーなのでは? と、私が思っていると目の前のお姉さんは須佐井母の本を叩きつけ、あるページを見せて言った。
「あんたさ、この本で書いてあることが真実なんじゃねえの?」
「どっ、どういう意味!?」
そこには須佐井母の写真とカリスマの名言と題して料理の秘訣は『料理は作る相手への愛情です』と書いてあった。それに疑問符を浮かべる須佐井母に対しお姉さんは畳みかけるように言う。
「料理は愛情なんだろ? ったりめーだよなぁ!! 人が一生懸命作った料理に点数付けてるような女が!! 人の愛情なんて分かるわけねえもんなぁ!!」
「そっ、それは……」
言われてみれば納得だ。私の思いと有ったはずの愛情も点数を付けて踏みにじられてショックだった。そんな相手の気持ちも分からない人が、どの口で相手への愛情なんて言えるのかというお姉さんの言葉は正論だ。
「ああ、尊男に対しての愛情しか分からないと……なるほど母さんらしいな」
「詩月さんの言う通りなら理に適ってますね」
そしてトドメが星明と自分の子供の詩月さんの言葉だった。それを聞いて須佐井母は叫び声を上げ最後は白目を剥いて気絶した。
「あっ!? 波江っ!! あの残りの問題はこちらで解決するので今日はこれで、本日も、申し訳ございませんでした~!!」
「はぁ、同じく不肖の弟と……母もご迷惑を……失礼」
最後に向こうの弁護士が和解の証書の受け取りとサインを求めて来たが竹之内先生は日を改めてと言って断っていた。後日に改めてという話で落ち着いたけど向こうの弁護士はガックリだ。
「それにしても……」
「愛莉姐さんやり過ぎ、向こうが名誉棄損を主張してきたらどうするつもり?」
静葉さんと竹之内先生の視線は須佐井一家が出て行った後に塩を撒く店員のお姉さんに向けられていた。
「あはは、ごめんよ霧華それに静葉さんも、でもこの本で『母ちゃんの弁当マズい』とか言われたから鬱憤たまってたのよ~!!」
その言葉に真っ先に反応したのは星明だった。そして静葉さんに疑惑の目を向けていた。
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