第117話 世界の表と裏 その3
「い、いや、ちょっとした冗談で~」
「後輩でも手加減は出来ない……」
「嘘でしょ、マジでサイコじゃん……ヤバ過ぎ」
男が恫喝して危害を加えるかのような様子を適当に見せれば引いてくれると思って俺がトドメの脅し文句を言おうとしたタイミングだった。
「俺の綺姫を――――「星明~!! そろそろ帰ろ~!! あれ~? どうしたの二人して、もうすぐ下校時間だよ~?」
「っ!? 天原先輩、ラッキー、じゃあ私しつれいしま~す」
綺姫がいきなり入室して来て入れ違いに小谷が脱兎の如く逃げ出した。俺は追おうと席を立ったが綺姫が俺の手を掴んで離さないから振り返る。
「綺姫?」
「私、大丈夫だから……ね?」
「どこまで聞いてた?」
抱きついて来た綺姫は震えていて俺は後ろの書類棚のガラスに写る自分の顔を見て驚いた。醜悪で怒りに満ちた顔がそこに有った。
「えっと全部……ごめん、出て行けなくて」
「謝るのは俺の方だ。冷静になってみたら暴走して綺姫に迷惑を……」
この間の須佐井の時も危険だった。よく前後のことも覚えてないし変なことも口走ったようで静葉さん達にもかなり心配されていた。
「星明、手が……キズバン貼るから」
「大丈夫だよ、これ実は赤インクだから」
驚いた顔をした後にティッシュで拭き取ると微かに赤く腫れているだけで怪我は無い。それで安心したのか綺姫は床にへたり込んだ。
「あっ、ごめん安心したら力抜けちゃって」
「だから謝るのは俺の方さ、迷惑かけてゴメン」
「星明、アタシは迷惑だなんて思ってないから!!」
その言葉は俺の心の深い部分に響いた。なぜかって、それは俺の最近の課題で彼氏として恋人として綺姫のために変わろうとしていた原因だったからだ。
「最近アタシ達の周り一気に変わって星明すごく混乱してると思う」
「まあ、元陰キャがいきなり学校の中心だから、あっ……」
「陰キャって言うのは星明でもダメ、星明はカッコいんだよ、強くてアタシを守ってくれた人で……だから無理して変わらなくてもいいんだから!!」
綺姫の言葉に心が温かくなる。だから俺はそれだけではいけないと思っている。もう病気や陰キャを理由に逃げてはいけない。
「綺姫、でも俺は……変わりたいとも思ってる、迷惑をかけたくないから俺は……」
「え? で、でも……」
「綺姫が心配してくれてるのは嬉しい、だけど俺にも意地が有るから」
最近の俺は色んな人に相談することが増えていた。海上だったり瑞景さんに聡思さん後は弟の香紀に他はジローさん達だ。
「意地?」
「その、綺姫の前で、やっぱカッコ付けたいし……もっと、す、好きになって欲しいから……」
「で、でも……アタシは」
「だから綺姫に頼って迷惑かけてばかりじゃなくて俺だけで綺姫を守れるくらい強くなりたいんだ」
皆に相談したら一様に言われたのは「もう少し自信を持て」だった。でも今までの環境で俺は自信なんて無いと相談すれば半分以上が漢を磨けと言って来た。
「それでアタシのために頑張ってたの?」
「ああ、俺が頑張れるのは綺姫のため……だから」
単純かも知れない。だけど俺は学校でも綺姫とずっと一緒にいたいから、横に立っても恥ずかしくない自分に変わりたいと思った。だが綺姫を見るとプイっと顔を背けた後に衝撃の一言が返って来た。
「いや……アタシ嫌だもん」
「へ?」
頑張って自分なりの言葉で伝えたつもりだが綺姫からの返事は嫌だという言葉で俺は色んな意味で固まった。
◆
――――綺姫視点
「だって星明が頑張れば周りの人が星明の良さに気付いて、さっきの人も他の女だって気付いてアタシだけの星明じゃなくなっちゃう……だから嫌」
「そ、それは……えっと」
私は凄くワガママだと思う。好きな人の努力を全否定して私だけを見てなんて悪女みたいだけど嫌だ。だけどもう二度とこの人を失いたくないし誰にも渡したくない。
「ま~、あれよね二人して互いに気を遣って暴走したパターンね」
「海上!?」
「タマっ!?」
ドアをガラッと開けて入って来たタマと咲夜までいた。今日も先に帰ってるはずなのにと思うと同時に今の言葉を聞かれて凄く恥ずかしくなる。
「体の方は大人になっても心は小学生並みってことねアヤ? 大好きな葦原が他の子に取られちゃう~なんて可愛いじゃん」
「な、何を言ってるか分かんないし咲夜!!」
咲夜に久しぶりにマウント取られてる。最近は私が教えてあげることの方が多かったのに……そう思っていると咲夜は更に言葉を続けた。
「恋の世界は表と裏が激しいのよ? だから疑心暗鬼が基本で、想いや絆が強ければ強いほど苦しく、そして切なくなるものなの……」
「なっ!? 何でタマの言葉を!?」
さっきのタマのアドバイスを何で咲夜が知ってるの、凄い的確で今の私に刺さったから良い話だと思ってたのに……だけど答えはアッサリ返って来る。
「そりゃ私が毎週見てるマダム・リリーの恋愛講座の先週のお言葉だし、タマにも教えたのよ、ね?」
「え? タマ?」
「ま、まあウチもたまにはネットの知識を仕入れることも有るってことよ」
名言だと思ったのに他人の言葉だった。騙されたと思っていると背中から優しく抱き締められる。振り返ろうとする私の顔のすぐ横に星明の顔が有ってドキッとする。
「ほ、星明?」
「俺が、いや俺は綺姫だけを好きでいるから……心配、するな」
「は、はひぃ……」
抱き締められた状態での耳元から囁かれた星明の言葉が頭の中に何度も響いて私の頭はキャパオーバーになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます