第116話 世界の表と裏 その2


「ど、どどどどどどうしよタマ!! 星明が!!」


 あれからタマに口を押えられ私は上の階の女子トイレに連行された。そして解放されて叫んでいた。


「まあ目立ってるし、今は話題の中心だしね」


「そ、そりゃ星明はカッコいいしアタシの王子様で!! エッチも上手だけど!!」


 きっと星明は優しいから告白に答えられないで曖昧な態度の間にさっきの女共が隙を付いて無理やり……しかもエッチも凄いから簡単にモテモテになって……このままじゃ私の星明が流行りのゲス不倫で寝取られちゃう!?


「落ち着けしアヤ、それ旬は過ぎてっから」


「で、でも……アタシ」


「アヤ、今の気持ち葦原はいつも味わってんのよ」


 タマは私に最近のことだと話し出す。星明とSIGNでトリプルデートの打ち合わせをして通話していた時の話らしい。待ってそんなの聞いてないよ……まさか!?


「え? タマも星明狙い!! 瑞景さんもいるのに!? いたっ……ううっ」


 私の言葉に反応したタマに頭をチョップされて落ち着けと言われて我に返る。


「まったく……ここまで嫉妬深いなんて須佐井の時と大違いね、アンタ」


「それは付き合って無かったからだし……」


「でも好きだったんでしょ? ウチは前から須佐井には女の影が多いし止めろって言ってたのに、それもいつもの事とか言ってたじゃない」


 今となっては何で須佐井にそこまで執着してたのか分からない。まるで魔法にでもかかってたみたいだと今さらながら不自然なのに疑問を持ち始めていた。




「とにかく葦原は綺姫は可愛い、綺姫は俺の女神とか言ってて……って聞け!!」


「はっ!? 星明とのエッチ思い出してた、ごめん」


 あの夏の夜は私を激しく抱き締めてくれて朝まで……まだ二週間ちょっと前なのに懐かしく感じるのは毎日が濃厚だからかも、この間の初デートの後にもいっぱいしてくれたし……凄かった。


「コイツ……まあ、いつもの事か。それで葦原だけど自分がアヤの横に立つのに相応しいのかって常に考えてたよ。ミカ兄とか聡思さんにも相談してたみたいだし」


「え、そうなの?」


 そんなことで悩んでるなんて気付かなかった。私は星明しか見てないし他の男なんて初めから視界に入ってないんだけど……。


「それ葦原に言った?」


「え? だってそんなの当たり前だし……」


「あんたモテる割に恋愛経験ほぼゼロだから仕方ないか、いい? どんなに気持ちが通じてても疑心暗鬼になるのが恋愛なの、しかも絆が強ければ強いほど油断するし不安にもなるもんよ」


 真面目な顔でタマが言うと私は固まった。咲夜が読んでる怪しいネットの恋愛講座よりもタメになる話だ。


「そ、そうなの!?」


「現にアンタが今そうでしょ、無意識に葦原に甘えている。どうせ分かってくれてるって安易に考えてんじゃない? 違う?」


「そ、そうかも……」


「まあ、少し脅かし過ぎたけど葦原はアヤを溺愛してる……って居ない!?」



――――星明視点


「よし、これなら一つ分は空きが出来る……あとは学校側に別なプランも」


「せ~んぱい、良いですか?」


「君は一年の小谷さんだったか……何だ? そろそろ下校時刻だよ」


 急に出て行った綺姫がトイレにしては長いなと気になってはいたが海上が一緒だから安心していた。でも少し変だと思い動こうとした矢先だった。


「じゃあ先輩が送ってくれるとか~、アリじゃないですか?」


「ふぅ、無いかな……それは」


 これは驚いた。久しぶりに見る顔だ。目の前の後輩を年下の女と侮ってはいけない。その顔は欲望にまみれた夜の街の女のもので危険と判断し頭を切り替える。


「先輩って、そんな怖い顔するんだ……聞いてた以上かも」


「悪い噂を聞いたのなら帰った方が身のためだよ」


「いえいえ大丈夫ですよ。私って悪い系の男も好きなんで」


 なるほど、この子なら夜の街でも強く生きてガンガン稼いで行ける。綺姫とは真逆だと警戒心を更に強めた。


「それは宣戦布告?」


「いいえ、愛の告白ですけど~」


 こういう言葉遊びも懐かしい。レナさんやクー姉さんに鍛えられた。そして橘姉さんには実証実験されてた……なんかあの人だけ違ったな。


「俺の知ってる告白とは違うな……さて、悪いが俺は帰らせてもらう」


「思ったよりガード硬いんですね意外です」


「一人を除いてセキュリティは高めだと自負してるよ」


 だが実は結構キツい。少しずつ動悸が激しくなって来たし体も反応し始めている。もし暴走して既成事実なんて作られたら厄介だ。夜の街でもそういうタイプがいたし俺の対応次第で綺姫の評判も下げかねない。


「それって天原先輩? ああいう頭ゆる~い系の女子って男子が好きですよね~? 私も出来ますよ? バカっぽく振る舞うのも得意ですし~」


「へぇ……そうか」


 だが杞憂で心が急に冷え切った。一瞬にして性欲方面の症状が落ち着いて怒りの方に天秤が傾く。須佐井との一件から俺の怒りの沸点はかなり低くなったようだ。


「ええ、ですから……ひっ!?」


「一つ、覚えておけ……俺の綺姫をバカにしたり嘲ったり名誉を傷つけたりしたら俺は自分で自分を抑えられないかもしれない」


 どうやら思った以上に力が入ったようで手に微かに痛みが走る。持っていたボールペンを親指だけでへし折って血のように赤インクが流れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る