第114話 後始末と準備 その3


 私の言葉に車内は一瞬、沈黙に包まれた。


「……彼は不起訴で釈放されたよ」


「「えっ!?」」


 須佐井が釈放なんて……何で一番悪い奴が裁かれ無いのかと聞く前に星明が大声を出していた。


「理由は!? 金ですか!?」


「まあ、聞いてくれ……奴はこの国にもう居ない。彼の父、凪尊氏の発案で南米の国に留学と言う名の島流しになった」


「島流し?」


 私が聞いたこと無い単語に困惑していると星明が驚いた後に「なるほど……」と、つぶやいていた。


「……それで手打ちに?」


「ああ、少なくとも数年は戻って来れないんじゃないかな?」

(実際は永遠なんだけどね……)


 それを聞いて星明は大きく溜息を付いた後にシートにもたれかかる。その動きの意味を理解した私も思わず口を開いて星明を見て言った。


「それって須佐井は二度とアタシ達の前に現れないって意味?」


「そうだよ!! もう安全さ……」


 それを聞いて私達は抱き合った。思わず星明にキスすると少し強めに抱き締められて安心する。


「んっ、ちゅ……須佐井が日本に居ないってだけで安心した」


「ふぅ、あっ……綺姫……人前だった」


「あっ、工藤刑事すいません」


「ははは……大丈夫、知り合いに似たような夫婦いるから」


 じゃあ遠慮なくと言ってアタシが再度キスしようとするとガタンと音がして私達は離れた。何か車内に普通の振動とは違う音がするからビックリした。


「きゃっ!?」


「道が少し悪いらしい、じゃあ家に送るけど構わないかな?」


「あの、少し寄ってもらいたい場所が……」


 私達は工藤警視にお願いして途中ドラッグストアに寄ってもらってからマンションに送ってもらった。そして帰りの車内でも何度か変な音がして不気味だったけど星明が手を握ってくれていたから安心できた。



――――???視点


『二人とも危険は去ったけど夜分は気を付けて』


『は~い、じゃ失礼しま~す!!』


『工藤警視、今日はありがとうございました』


 例の刑事とアヤそしてクソ陰キャの話し声が外から聞こえる。あの刑事め俺をこんな所に押し込めやがって……許さねえ。


「さて……盗聴器の調子はどうだい須佐井尊男くん?」


 会話が聞こえなくなると車のトランクが開けられ刑事が俺を見下ろしていた。俺は両手足を縛られた上に口に猿ぐつわをされ何もできない。何度か暴れたが無駄だった。


「んぅ~!! うう~!!」

(これを取りやがれ!!)


「悪いね何言ってるか分からない、じゃあ目立たない所に移動するから、それまでラジオでも聞いててくれ」


 そしてトランクが閉じられた。また暗闇に逆戻りだ……牢屋で眠らされた後に目覚めたらここだった。さっきの会話も耳に無理やり固定されたイヤホンでずっと聞かされていた。


(陰キャがアヤとキスを……クソが)


 車が動き出すと耳のイヤホンから音が出る。今まで右しか聞こえてなかった音が左耳からも聞こえてきた……それはアヤの声だった。


『星明、ご飯すぐ作るから、それともお風呂が先?』


『じゃあ先にシャワーにするよ……』


 そして陰キャの声も聞こえた。左右で違う音を拾うタイプか? と思っていたら車が停車しトランクが再び開けられる。


「たぶん彼らの声が聞こえるだろ? 日本を発つ最後の夜に二人の生活の一部を聞かせてあげる、僕は夕飯を食べて来るから、ごゆっくり~」


 そう言うとトランクに鍵をかけ足音が遠ざかる。一瞬見えた外は見覚えの有るコンビニが有った。逃げるチャンスだと思った瞬間、会話の続きが聞こえ固まった。


『じゃあ一緒にお風呂入ろ?』


『困ったな、アレは昨日使い切ったし』


『大丈夫、さっきのドラッグストアでいっぱい買ったよ!!』


『そっか……じゃあ綺姫、おいで』


 そんなキモいことを陰キャが言うとガサガサ衣擦きぬずれの音がする。盗聴器はアヤの服の方か……あの刑事が仕掛けたのかと考えていると遠くにシャワーの水音とアヤの嬌声が聞こえた。


『星明っ!? いきなりダメ……やんっ!?』


『きれいだよ……綺姫』


 ま、まさかアイツら今ヤってんのか!? 盗聴器じゃ風呂の中まで聞こえないが反響して聞こえる声は俺が聞いたことの無いアヤの艶かしい声だった。


(ふっざっけんな!! 俺のアヤを好きにしやがって陰キャが!!)


 ジタバタ暴れるが何も出来ずに時間だけが過ぎる。その間も水音と俺が初めて聞くアヤの声を延々と聞かされ続けた。それから時間がどれくらい経ったか分からない。俺は耳から流れる二人の声を聞いてる事しかできなかった。


『星明ぃ……今日も凄かった……』


『大丈夫? そろそろ上がるよ』


『お姫様だっこ~』


『しょうがないな、よっと……頭は自分で乾かしてね?』


 アヤの声が全然違って俺が聞いたことない声を出している。媚びた声で甘えて完全に奴の女になっているのを理解したくない。ドライヤーの音が嫌に生々しく、たまに聞こえる二人のキスの音が俺にこれが現実だと突き付けて来るようだった。


『……続き、したいよ』


『綺姫っ!! すぐベッドに行こう!!』


 その後も俺は二人の情事の続きを聞かされた。俺のプライドはズタズタで盗聴器から二人が離れたから小さな声しか拾えない。だが、たまにアヤの大きな嬌声が響くと俺は拘束されたまま惨めに興奮するしなかった。


「んうぅうぅ~!!」

(なんでだ……アヤは俺の物になるはずなのに、陰キャが好き放題……クソが)


 気付けばトランクは開けられていて無表情の刑事が俺をさげすんだ目で見下ろしていた。


「おやおや、泣いているのか? 君の被害者はもっと酷い目に遭った者もいるのに、じゃあ今度こそ海外留学の時間だ」


 その刑事の言葉を最後に例の注射器を打たれ俺は意識を失った。許さねえ……絶対に復讐してやる。

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