第110話 天国と地獄 その2

――――星明視点


 あれから三日、俺は例の症状が出たせいで昨日まで実家の病院で様々な検査を受け夜は綺姫と二人で治療に毎晩励んでいた。そして体調も落ち着いたから本日から登校となった。


「二人で登校って初めてだね」


「そうだね悪くないと思うけど、どう?」


「皆でにぎやかなのも星明と二人なのもどっちも好き」


 実は綺姫と二人きりの登校は初めてで照れくさい。一ヶ月前まで陰キャで病気持ちだった俺がこんな可愛い彼女と普通に登校できるなんて夢みたいだ。二人は今日は気を遣ってくれて後から登校すると連絡が来た。


「あれって何だろ星明?」


「校門に人が多いね」


 多いなんてもんじゃない、何十いや校庭の奥まで見ると百人以上は見える。朝から何やってるんだと俺達が近付くと向こう側の生徒と目が合った。


「みんな!! 祭の主役がやって来たぞ~!!」


「「へ?」」


 顔も知らない生徒達に俺達は囲まれ、そのまま人の波に流され昇降口までやって来た。ラッシュ時の電車のようで気付けば人だかりの中心に到着していた。


「その、えっと、離れてくれると」


「星明から離れて!! 特に女子!! アタシの星明に色目使うな~!!」


 綺姫が俺の症状を心配しているが、ここ数日の検査で綺姫と手を繋いでいれば大体の症状が緩和されるのが証明されていた。それを綺姫も知っているはずなのに過剰に周囲へ威嚇している気が……。


「大丈夫ですよ先輩、まさか『姫星祭ひめぼしさい』の主役に手を出すなんてしませんから」


「そうそう、そんなクズ、泥棒先輩しか居ないですよ」


「ですね~、クズ井と柔道部の一味も全員捕まりましたし!!」


 それを聞いて綺姫の表情が曇った。あの後に分かった事実は更に酷く須佐井は綺姫の下着や水着それに私物などを『BAFOOオークション』通称バフオクやフリマサイトの『丸々買い取り』略してマルカリでJK使用済み商品として売り捌いていた。


「う、うん……」


「あんた、止めな!! 先輩は被害者なんだし」


 さらに転売に協力していたのは例の柔道部員六名で綺姫の下着を報酬に手伝ったそうで今は停学中で既に何人かは自主退学の意向らしい。彼らが毎朝ニヤニヤしていた本当の意味を綺姫は知って軽くトラウマになり俺に一晩中抱き着いて震えていた。


「すいませんアヤ先輩、ホッシー先輩、あっ、葦原先輩!!」


「どっちでも良い、例の朗読劇からだろ?」


 例の朗読劇も凄まじく大好評で俺は劇中でホシキと呼ばれ相手役から王子様やホッシーと呼ばれていた。それで彼女らはそう呼んでいるみたいだ。


「はい、すいません」


「それじゃあ、すまないついでに『姫星祭』って何かな?』


 謎の単語を尋ねた俺に答えたのは目の前の下級生ではなく良く知る声だった。後ろから人垣を割って海上と浅間がやって来た。


「それのことだよ葦原」


「あっ!! タマ~!!」


「私もいるからねアヤ、葦原も三日ぶり」


 海上が示した掲示板を見て俺と綺姫は固まった。中央に貼られていたのは、俺と綺姫が抱き合っている姿がデカデカとプリントされている文化祭のポスターだった。


「これ来月の文化祭で名前も変わったのよ、綺明から取ったらしいよ」


「だから主役は二人、今日から伝説だねアヤ、それと葦原も?」


 浅間と海上の言葉を理解した俺と綺姫は数秒フリーズした後に絶叫した。


「「えええええええええええ!!」」


 さらに俺はなぜか周囲の生徒に捕まり胴上げされた。見守る三人は笑顔だが、どうして俺はこんな事態になってるんだろう?




――――須佐井尊男 視点


「もう一度聞く、お前がヤクを買った相手はこいつだな?」


「……そうだって言ってんだろ、それよりママを、いや父さんでも良いから弁護士呼べよ、俺は未成年なんだから大丈夫なんだろ!! 裁判でチクってやる!!」


 あれから何日も経過したが俺は警察で取り調べだった。最後に会った父さんが弁護士を連れて来るって言ってたのに一向に来ねえし最悪だ。


「心配しなくても間も無く釈放だ」


「へ? そうなのか!?」


「ああ、お前が言うように未成年だから、裁けないし無理だ」


 こいつら警察は下着泥棒なんてどうでもよくて狙いは俺がやり捨てた女共に使ってたヤクの出所を知りたかったらしい。睡眠薬だと聞いてて、アヤにも使おうと思ってた物だ。


「お前の専門の例の連中か工藤?」


「ええ、あちらの世界の民主派と呼ばれる者らの仕業です」


「はぁ、ったく……例のクーデター未遂といい警察は貧乏くじばっかだ」


 何を話してるか理解出来ないが俺はこれで解放される。学校に戻って奴らに復讐できる。まずは無理やりアヤを陰キャの前で……今から楽しみだ。


「さて須佐井尊男くん釈放だ。付いて来なさい」


 すると背広を着た二人の男が工藤とかいう優男に挨拶してる。父さんが雇った弁護士に違いない助かったぜ。


「なあ、父さんはどこだ?」


「このまま一緒に付いて来て下さい」


「分かったよ、早くしろ」


 俺は地下の駐車場まで誘導され一台の黒いワゴン車の前に来た。うちの車でこんなの有ったか? そう思ってふり返った瞬間、首筋にチクりと何かを刺された。


「うっ……てめえら、何を」


「君が被害者に使ってた薬と同じ成分さ、大丈夫、効果は知ってるだろ?」


「は? てめえ、なにを……あれ?」


 注射器だと気付いた時にはガクンと体の力が抜け地面に倒れる。意識はハッキリしてるのに体が動かねえ。何をしやがったんだ、こいつら……。


「すぐ運び出す……研究所か国外かはまだ決まってないからな」


「分かった、警察の時間稼ぎも当てにならないしね」


 その言葉を最後に俺の意識はまた闇に落ちた。こんなんばっかじゃねえか俺はアヤを陰キャの前でメチャクチャにしてやるはず……なのに。

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