第106話 絶望は突然に その1


「ど、どういうことですの!! あなた!!」


「お前も尊男もすぐに謝りなさい、まったく……とんでもない事をしてくれたな」


 土下座しながら須佐井父はブツブツ言いながらチラチラと静葉さんを見ていた。まるで裁きを待つ罪人のように見える。


「どうも一昨日ぶりです、社長?」


「は、はぁ……まさか、このような場所でとは……」


「ええ、そうですわね」


 必死に愛想笑いを浮かべる須佐井父に対し静葉さんも薄い笑みを浮かべつつ目は笑っていなかった。そんな二人の空気が読めてない女がいた。そう、須佐井の母だ。


「あなたっ!! 何を言って――――「静かにしないか!! お前は私の会社を、須佐井建設を潰すつもりか!!」


「あらあらカリスマ料理研究家の奥様は、ご理解してらっしゃらないようですので社長、私の紹介を端的にしていただいても?」


 静葉さんは余裕綽々で笑みを浮かべたまま女王のように須佐井の父親に向かって言った。どういう関係なんだ? この二人は……。


「……こちら我が社が大口で今お仕事を頂いている『あしはら総合病院』の院長の奥様で今回の工事で病院側の全権限をお持ちの取引先いや、お客様の葦原静葉さんだ」


「「へっ?」」


 ポカンとする須佐井親子だったが俺と綺姫も同じ感想で思わず静葉さんを見て口を開いていた。


「今のマジですか静葉さん?」


「そこはお母さんでしょ星明くん?」


 詳しくは後でと言われたが趨勢は完全に決した。静葉さんが先ほどから煽ったり余裕な原因はこれだったのか。それに須佐井の父親って今気付いたけど一昨日、実家の病院にいた背広にヘルメットの人だ。




「では、揃ったので始めましょうか先生方?」


「はっ!? ええ、そうですね、はい」


 竹之内先生の言葉に校長が立ち上がる。一方で須佐井はガードマン二人が睨みを利かせているから動けない。須佐井母も同様で先ほどの言動が嘘のように静かになっていた。


「では概要を今一度、担任の方から話させて頂きます」


 担任が話を始めたが俺には別な気がかりが有った。綺姫の表情が明らかに暗くなっている。だが須佐井を追い込む絶好の機会は今しかない。何かあれば綺姫は言ってくれると考え後で聞こうと決めた。


「最初は――――」


 そして担任が一連の断罪騒動の説明を始める。概要は筋が通っているし最後に俺と綺姫それに他二名の反省文も披露され俺達の処分は終わったと宣言された。


「学校側としてもクラスでの関係を把握しておらず今回の騒動の事前対応を怠った責任を痛感しております」


 最後に学年主任がまとめると教頭が形式的な謝罪を述べていた。それに対し追撃をかけたのは竹之内先生だ。俺達の知っていること更に知らない事も込みで次々と証拠の書類や物証を提示していく様子はデキる女いやデキる弁護士だ。


「なっ、なななななな……全部ぜ~んぶ陰謀です!! タカちゃんが可哀想よ!!」


「やめないか波江、昔からお前は尊男を甘やかし過ぎだ」


「でも、あなたっ!!」


 何か覚えが有るようで須佐井の父親は出された資料に目を通して頷いたり確認したりしている。同時に横の妻や息子よりも静葉さんの顔色を伺っていた。


「では、うちの子が嘘付いてると?」


「いえ奥様、ですが、お怒りはごもっともですが資料を見る限りは、そのぉ……」


 静葉さんの言葉に須佐井父はさらに窮地に立たされたように顔色を悪くしていた。だが俺は気になったことが有ったから手を上げる。


「葦原くん、どうぞ」


「はい先生、先ほどから須佐井さんは今回の事態を把握されてないようにお見受けしますが……事前の資料などに目は通されましたか?」


「いえ御曹司……実は拝見しておりません、誠に申し訳ございません」


 更に二つ適当な質問をして席に着いた。俺には一つ疑問が有った。目の前の男は須佐井に顔も似ているが黒髪で真面目になった須佐井という感じだが意外と冷静にも見える。だから綺姫の話していた人物像とはかけ離れている気がした。


「父さん!! こんな陰キャに頭なんか下げんなよ!!」


「尊男、お前は……いい加減にしろ」


 ガードマンに再び押さえられるが殴られないと分かったせいで須佐井の口は止まらずベラベラと余計なこと言い出した。口は災いの元を地で行く様子は笑いそうになったが、それを止めたのも須佐井父だ。


「あと他にも!! それに、この間だって俺がぶん殴っ――――「尊男!! 静かにしなさい!!」


「ひっ!? ううっ……ママァ……」


「あなた!! 何でタカちゃんばかり叱るんですの!!」


 今のやり取りを見て敵は一人だと確信した……この男だけだ。今の当たり前のやりとりを見て厄介いや、話が通じるのは目の前の須佐井父だけだと判断する。


「今のお言葉は認めたと見て?」


「いえいえ奥様、息子は直上的でして……はい。今のも売り言葉に買い言葉、教育が行き届かずに……いやはや、お恥ずかしいです」


 その言葉に今度は須佐井母が騒ぎ出すがそれをも黙らせる。須佐井が残念なクズでも舐めていると痛い目に遭うと警戒した。しかし須佐井尊男たかおという人間の運命は父が必死にあがいても既に決まっていた。


「す、すいません教頭、大変です!! そ、そのぉ……」


「今は話し合い中だ、どうしたんだ?」


 先ほどの男性教諭が再び入室して来た。その顔は真っ青で意外な一言を告げた。


「それが……警察の方が……お見えになっています」

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