第94話 意地と愛情の料理対決?


 久しぶりの我が家に入ると二人は我先にとキッチンに向かって走り出した。それを追って俺と静葉さんは歩いて行く。


「静葉さん、二人を煽らないで下さい」


「でも香紀の作るのより綺姫ちゃんの方が美味しかったわよ?」


 昨日のビーフシチューがえらくお気に入りだったそうで静葉さんはおかわりしていた。実際この人は仕事人間で料理は苦手な方だ。


「それ言わないで下さいよ。アイツ五年以上は頑張ってるんですから」


「じゃあカノジョの方は良いの?」


「いや、綺姫の料理は別格なんで……はぁ」


 香紀は家の中では俺の味方で二人で頑張ってた過去が有るが今の俺はカノジョに弱いんだ弟よ……すまん。


「でも綺姫ちゃん、迷わずキッチンまで行ったわね」


 そんな話をしていたらポツリと静葉さんが言った。俺の実家は割と広くて近所ではお屋敷呼ばわりされるくらいには大きい。静葉さんと香紀も最初この家に来た頃は迷っていたのを思い出す。


「もしかしたら途中で迷ってるかも」


 だが俺の予想とは裏腹に香紀の話では綺姫の方が先に到着していたらしく「エプロン借りるね~」とか言って準備してたそうだ。詳しく話を聞く前に二人は既に臨戦態勢でそれどころじゃなかった。


「同じ料理と言いたいですが食材が有りませんので昼の一品ずつ担当で」


「オッケー、それで?」


 二人が仲良く昼食の相談をしているのは何かモヤモヤする。いやカノジョと弟が仲良く料理するのは良いのかもしれない……とか思っていたら静葉さんが俺の横で全否定していた。


「星明くん、あれが仲良く見えるの?」


「おっと手が滑った~!!」


「アタシも足が滑った~!!」


 まるで子供のケンカだ。先に手を出したのは香紀で後から足を出したのが綺姫だった。互いに料理中に邪魔し合って手癖も足癖も悪過ぎるぞコイツら……。


「綺姫、いつもの明るくて優しい君を見せて、香紀も俺の大事なカノジョなんだから俺の弟として頼むよ、な?」


「星明がそう言うなら……」


「分かったよ兄さん、でもどっちが上かだけはハッキリさせるから!!」


 その後、二人は黙々と調理を再開した。一方で俺と静葉さんは来週からの須佐井たちとの面談について細かい確認だ。途中で竹之内先生からの電話も有ったりして気付けば昼時だ。


「お待たせ兄さん!!」


「こっちも出来たよ星明!!」


 二人の声がほぼ同時に聞こえて料理は完成したようだ。そして少し早い昼食にしようと静葉さんの言葉で俺は四年振りに実家の食卓に着く。父が居ないだけで家がここまで居心地が良くなるなんて俺は思わなかった。




「兄さん、俺は肉じゃが作ったよ!!」


 香紀が彼女に作ってもらいたい料理ナンバーワンと名高い肉じゃがを用意して俺達の前に置いた。それに対して綺姫も皿を目の前に置いて言った。


「アタシは豚バラ炒め綺姫スペシャルだよ!!」


「綺姫の勝利!!」


「え? にっ、兄さん!?」


 これを出して来たなら綺姫の勝ち確定だ。弟よスマン、これは綺姫の完全な作戦勝ちで少なくとも俺の中では綺姫の勝利と言うしかない状況なのだ。


「俺の好きな、料理で……さ、大好物……なんだ」


「そうだったの、じゃあ私にも食べさせてね、あら本当に美味しいわ」


 そして、この料理に使われている食材は豚肉以外に山芋やニラ他にも日によっては牡蠣かきや貝類なども入っている。味は甘辛で原形は豚バラ大根らしいが問題はそこじゃない。


「確かに……美味しい、ですね……くっ」


「そうね……でもこれって何か、あっ……もしかして」


 静葉さん気付いたようだ。今は秘書業務だが栄養管理士などの資格も取得しているだけは有る。本人は料理は苦手だが人の料理の品評は出来ると自分で言っていた。この料理の意味することを察したようだ。


「そういうことってどういう意味だよ母さん!!」


「あなたはまだ知らなくていいわ、なるほど……二人とも夜は程々にね?」


 そう、これは綺姫が作り出した精力増強メニューの一つで『今夜シよ』という合図だ。これを出されたら俺は今夜は頑張るしかないし綺姫いわく今夜は私がメインディッシュとかいう色んな意味で究極の捨て身戦法だったのだ。


(これを否定することは綺姫との夜を断ること……俺にそんな事は出来ない!!)


「ふふん、負けられない戦いにはどんな手を使っても勝つのよ義弟おとうとくん!!」


「りっ、理由がサッパリ分からない!! でも負けたのは分かる……何でだ!?」


 そらまだ中学生だからな……でも俺はお前の年齢の一年後には色々と経験してるんだが……俺は特殊か。でも知識くらいは有りそうだがと静葉さんを見るが、あんまり性教育は進んで無さそうだ。


「でも確かに味は私はこっちが好きかも」


「そんなぁ……兄さん」


「いや、うまいぞお前のも、うん」


 そう言って俺の空になったお茶碗に綺姫が「はい」と言って、おかわりの白米をよそってくれた。何か亭主関白みたいだけど普段は俺も自分でよそうからね。


「じゃあ何で天原さんの料理ばっか食べてるんだよ兄さ~ん!!」


 言えない。それは今夜頑張るためとか純粋な弟には言えない。すまない香紀、お前の兄はもう既にカノジョに私生活を完全にコントロールされているんだ。もう綺姫が居ないとダメな体になってるんだ。

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