第86話 なんで取られたか理解出来ないの?
「やっぱり気になってね、無事か星明くん、綺姫ちゃん?」
「車で待機してて正解だったな最高にヒーローしてるぜ俺達!!」
須佐井を押さえ付けていたのは俺より年上の二人で夏休み一緒にバイトをしていた友人で俺にとって久しぶりに出来た仲間だった。
「放せっ!! なっ、何だ、何なんだよテメーら!?」
「瑞景さん、聡思……さん?」
「ああ? 誰かだと? 俺らは星明の
聡思さんの言葉に瑞景さんもコクリと頷くと須佐井の椅子を軽々と取り上げる。よく見ると廊下で海上が肩で息をしていた。どうやら二人を呼びに行ってくれたみたいだ……でも二人が待機してるなんて知らなかったぞ海上。
「そ、れに?」
「咲夜が泣くから、これ以上は……よっ!!」
「ぐえっ!?」
聡思さんは抑えつけていた須佐井を片手で簡単に押さえジタバタする奴の腹に正拳突きを叩き込んで黙らせた。その一連の動きは空手というより護身術のようだった。
「キャー!! 聡思兄ぃの正拳突き!! あれで予選突破したんだよアヤ!!」
「そ、そうなんだ……咲夜、良いのかな……ここ学校だけど」
黄色い悲鳴を上げる浅間に苦笑する綺姫を見ると目に涙を浮かべていた。また俺は綺姫を泣かせてしまった。つくづく自分が弱くて情けなくなる。
「綺姫……ごめん、いつも途中までで俺は……」
「そんなこと無いよ、だから星明、ね?」
その笑顔は泣き笑いで少しの期待が込められている。だから俺は躊躇せず自然と綺姫のあごをクイっと上げキスをした。
「ふぅ、少ししょっぱいね……涙の味かな?」
「じゃあ次は、あま~いキスを希望です!!」
そう言うと俺たちは、もう一度キスをして静かに離れた。周囲が静寂で包まれる中で最初に声を上げたのは須佐井だった。
「ああああああああああああ!! アヤが!! 俺のアヤがあああああああ!!」
「うるせえな星明と天原は年中こんな感じだ、寝取られた方は黙ってろ」
必死に抵抗するが今は化けの皮の剥がれた須佐井とガッツリ空手有段者の聡思さんじゃ実力差がハッキリしていて拘束はビクともせず騒ぐだけだ。
「うるざいいいいいいいいいい!! はなぜえええええ!!」
「ほんと、うるさいね君は……」
(危なかった。星明くんのあれが本当なら……怪我人はどっちだったか……)
瑞景さんもやれやれと言って肩をすくめていると海上が息を整えながら俺達の方に来て言った。
「タカ……あんたもう終わりだよ」
「はっ? ふざけんな!! テメーが黒幕か海上ぃ!!」
叫んで暴れるが身動きの取れない須佐井はジタバタして見苦しいだけだ。綺姫の仮にも初恋相手がこれでは惨め過ぎる。早く引導を渡してやるべきだろう。
◆
「ウチは親友としてアヤに、まともな男とくっ付いて欲しいだけだから」
「ふっ、ふざけるなああああ!! おっ、俺は顔も良くてぇ!! 柔道有段者でっ!! クラスで人気も一番なんだよぉおおおおおおお!!」
実に虚しい叫びだ。本当に惨めで憐れとしか思えない。浅間なんかはドン引きしているし綺姫の方も唖然としていて百年の恋も木っ端微塵に吹き飛んだに違いない。
「私けっこー良い感じだと思ってたのに」
「顔だけで性格終わってるのちょっと……」
「いや、前から噂では……」
女子たちの囁き声が追い打ちをかけるが、もはや須佐井は聞こえていないだろう。だけど俺達の作戦はまだ終わってない。
「こんなの認めねえ有り得ねえよ……ママぁ、姉ちゃん、俺は……」
「なあ現実逃避する前に聞いてくれよ」
俺は綺姫に肩を貸してもらいながら須佐井に向き直る。奴の事を不様と言っておきながら俺の方がよっぽど情けない。でも俺はこれで良いんだ。弱くても最後に立って傍に大事な人がいれば良いんだ。
「陰キャ野郎が!! 人の女を横から奪って満足かゴミ野郎!!」
「てかアタシ一度もアンタの女になってませ~ん」
「は? あと少しで落ちそうだったじゃねえか!!」
起き上がろうとするのを聡思さんに押さえ付けられてもなお叫ぶ元気は有るようでわめく須佐井に綺姫は真剣な顔になると口を開いた。
「うん、それは認める……でも、あの時に尊男が逃げ出したからだよ。それがアタシ達の関係の終わり、後には何も無いの」
「は? だっ、だけど、俺はお前のこと本当に好きだったんだぁ!!」
「へ~、そう? でもアタシの体目的だったんでしょ?」
残念ながら綺姫は二度と騙されないし振り返らない。冷めた目でポケットからボイスレコーダーを取り出し一瞬だけ躊躇した後に再生ボタンを押した。
『―――――――― 正直あいつの処女奪えなかったのは俺の最大のミスなんだ、あ、ここ笑うとこだぜ?』
綺姫が流している音声はあらかじめ瑞景さんが編集し俺達には不都合な情報を全てカットし加工されたものだ。
『――――俺もこの間知ったんだけどアイツEカップもあんだよ揉みたかったぜ~、あの巨乳』
その後も須佐井の録音された言葉が教室だけではなく廊下にも大音量で流れ続けた。そして反応は……火を見るよりも明らかだ。
「うっわ……サイテー」
「マジかよタカ、さすがにこれは……」
「きっも……」
男女問わず須佐井の言葉に皆がドン引きだった。だけど同時に綺姫へのダメージもゼロじゃない。今後は須佐井に騙された女として陰口を叩かれる可能性も有る。だから最後に俺達がきっちりトドメを刺して解決しなくてはいけない。
◆
「もう分かったか?」
「なっ、なに、が……だよっ!!」
「やっぱりか……」
「だからっ!! 何がだ陰キャが!!」
俺は溜息を大きく付いて綺姫の肩を優しく抱いた。この動きで気付いた綺姫がゆっくりと須佐井に向かって言葉を区切って言った。
「なんで、取られたか、理解できないの?」
「は?」
「アタシが星明に取られちゃった理由さっきも言ったのに分かってないんだね」
そう、俺と綺姫の恋はコイツが逃げ出したから始まった。だから俺は最後にこう言ってやろうと決めていた。
「ありがとう、逃げ出してくれて、俺と綺姫の人生の踏み台になってくれて、本当に感謝している」
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