第84話 五事七計 その3


 綺姫の言葉の意味は曖昧だった。否、わざと曖昧に言ったのは昨日の打ち合通りで、それを実行したに過ぎない。


「はっ、はぁっ!? そ、それは、俺は逃げたんじゃねえ!! そう、助けを呼びに行ったんだ!!」


「何でそれを話さなかった? 大人、それこそ先生にでも話せば良いだろ?」


「は、話したに決まったんだろ!! ばっかじゃねえの!?」


 咄嗟に思い付いた噓にしては上出来だ。今までもこうやって急場をしのいで来たのだろうが皆で立てた作戦の前では思い付きの機転で突破なんて夢物語でしかない。


「そうなん? じゃあ先生お願いしま~す」


「はっ? な、何で居るんだ!! さっき戻ったんじゃ!?」


 ガラガラと教室の後ろの扉を開けて入って来たのは担任と先ほど出て行った浅間だった。実にいいタイミングだ。


「浅間に来てくれって頼まれてな……それで今の話だが俺は聞いてないが?」


 そして最後に学校内でのルールにも等しい存在の一言。最近は教師の発言力や権力は落ちたなどと世間では言われているが今この場では強力なカードになる。


「すいません、せんせ、何か須佐井が急に暴れ出して~」


 浅間も作戦通り動いてくれた聡思さん絡みじゃないと抜け目が無い。そして廊下には他クラスの生徒も大量に引き連れて来るオマケ付きで流石さすがだ。


「なっ!? ち、違っ――――」


「うんうん若いなぁ……幼馴染を取られて悔しい気持ち先生も分かるぞ!! 俺も学生時代は恋人をサークルの先輩に取られて失恋したもんだ……よしっ!! 須佐井、何か相談が有ったら今度、俺が聞いてやる!!」


 そして担任は言うだけ言うと「職員会議だった~」と廊下をダッシュで戻った。それは良いのだろうかと思うが、これで勝敗は決したぞ須佐井。


「違う、こんなん違うし、待ってくれよ、ちげえから……」


「はぁ、無様だな……須佐井くん」



――――綺姫視点


「すっご、瑞景さんの作戦……あと星明が凄い知的だよ~」


「あ、あのぉ……天原さん?」


 そこで私が感激して星明を見つめていたらクラスの小野さんと沢野さんことサワっちが声をかけて来た。


「どしたの二人とも?」


「いやいやアマちゃんさぁ……いきなり平和なクラスに爆弾落とすってタマさんから来たから何かと思えば、これ驚くに決まってんじゃん」


 ちなみに私のあだ名は統一されてない。サワっちとは一年の時から一緒で私は某テレビのタイトルをあだ名として一年の時に付けられた。


「でもサワっち、星明の言ったことは九割ほんとだよ」


「残りの一割は?」


「タマが言うには演出だって」


「ああ……タマさん好きだもんね~」


 そんな話をしていると小野さんがメガネをクイっと動かして私達のヒソヒソ話に混じってきた。


「それで、葦原くんがカレシってのは本当ですか?」


「それはガチ、星明がピンチのアタシを助けてくれたんだ~」


「ほほう、詳しく聞けます?」


 キランとメガネが光ったように見えたのは彼女が放送委員で噂大好きだからかも知れない。それに小野さんのお母さんは新聞記者だと前に聞いたことも有る。


「えっと一部話せない話も有るんだけど、アタシが須佐井に見捨てられてピンチな時に今みたいに星明が助けてくれたの!!」


「何と!? それで二人はお付き合いを?」


「まあ、その後も夏休み中に色々あって~、最後はアタシから告白してOKもらった感じなんだ~♪」


 そして私達のヒソヒソ話は三人だったのがいつの間にか七人に増えていた。私は我慢出来ず別な子にも嬉々として私と星明の話をしているとメモを走らせている小野さんが興奮して小声で言う。


「素っ晴らしい!! 引退したけど放送委員の後輩にネタ提供して来ますね!!」


「えっ……で、でも……」


 それは星明やタマ達の計画を狂わせちゃう可能性も有るから相談した方が良いと思う。だけど悩んでいる私に小野さんは再度メガネを光らせ言った。


「須佐井くんに良いダメージ入ると思いますよ?」


「えっ!? じゃあ、よろしく!! あとアタシが告白したのは海の近くの喫茶店で月の見える夜だよ!!」


「ほほう、分っかりました~!! よっしゃあ!! 久しぶりに腕が鳴るわ~!!」


 それだけ言うと彼女も担任と同じく猛ダッシュで教室から出て行くと「久々の特ダネよ!!」と廊下を疾走して行った。


「あ~あ、小野が本気モードになった……相当盛られるよアマちゃん?」


「今回はオッケーで~す!!」


 その後も私は残りの六人から星明と私のカンケイについて色々と聞かれた。咲夜が止めに入るまで話し過ぎた感も有ったけど私は大満足だ。惚気さいこ~。


「もうアヤ……葦原、かなり頑張ってんのに何してんの?」


「えっ?」


 そして私が目を離している間に状況はさらに変わっていた。もちろん私たちに有利な方向に確実に動いている。



――――星明視点


「皆待ってくれ、こんな陰キャの言う事とダチの俺が言う事どっちを信じるんだ」


「じゃあ聞いてみるか?」


 須佐井に不様だと言った後、奴は一瞬だけ心が折れたように見えたが少しの時間で冷静になったようで再び騒ぎ出していた。


「おう!! じゃあ矢野お前なら!!」


「いやさタカ、ケンカの話とかパチこいてたのか?」


 そこなのか、そこが大事なのかと俺は思ったが黙ることにする。だが、これが意外と大事な要素だと俺は後から気付かされた。なぜなら、もう一人の腰ぎんちゃくの榊や他の男子も似たような質問をしたからだ。


「そ、それは……少し盛ったって言うか……割と有るだろ?」


「じゃあ天原のこともかよ?」


「そっ、そうだコイツらが話を――――「ちげえよ、一学期の時に家の事情とか言ってたけど全部パチこいて俺ら騙してたのかって聞いてんだよタカ」


 そういえば言ってたな……須佐井は綺姫のことを知ってるアピールした上で本人から止められていると堂々と言っていた。だから俺はこれを利用する事にした。


「なるほど須佐井は矢野君たちにも嘘を付いて騙していたんだな?」


 そう、クモの糸を垂らしての分断工作だ。

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