第83話 五事七計 その2


 昔の偉い人の話で『戦は戦いの前に既に勝敗を決している』という趣旨の教えが有る。今回はそれを最大限にリスペクトし実行に移した。


「まごこって凄いね!!」


孫子そんしだよ綺姫……今度勉強しよっか」


 そんな感じで俺達が廊下で作戦会議をしていると帰りのHRだと呼ばれ俺達は教室に入った。そして最初に動くのは綺姫だった。


「せんせ~!!」


「お? 天原、なんだ復帰早々?」


「アタシ、授業遅れてるし色々大変なんで星明、じゃなくて葦原くんに私の隣に来てもらって良いですか~?」


 クラスの人心や信頼は海上や浅間のお陰で俺達に傾いている。そしてタイミングは今まさに綺姫が掴んだ。残りは地の利で、これも今実行に移されようとしている。


「はぁっ!?」


「ああ、そうか二人はそうだったな……葦原いいか?」


「はい……綺姫の隣の人が良いなら」


 うるさい外野クズの声が聞こえるが俺はカバンを持って即座に移動する。事前に話を通していた綺姫の隣の女子がすぐに席を交代してくれてスムーズに物事は進んで行く。


「何だよこれ……有り得ねえんだけど!! 先生どうなってんだよ!!」


「どうなってるも天原のことは夏休み前にご両親から葦原にと頼まれてるからな、知らなかったのか須佐井?」


 その何気無い担任の言葉に教室が一気にどよめいた。今ので男子の一部まで須佐井を疑う者も出始める。当然だろう綺姫のことに関して皆に嘘を付いていたのが今、ほぼ確定したからだ。


「は、はぁっ!? だってアヤの父親は俺に……いやっ、だけど……」


「まだ何か有るのか? 無いな、じゃあこれで今日は終わりだ、日直!!」


 その担任の言葉に須佐井は何も言えず最後は俺を睨んで帰りのHRは終わった。そして浅間が予定通り廊下に出るのを確認した俺たちは待機だ。予想ではここから本番が始まる。


「綺姫……」


「うん、星明がんばろ」


 互いに見つめ合って笑顔を向け合った瞬間、奴が動いた……全て予想の範疇だ。


「ふっざけんじゃねええええええ!! 陰キャ野郎がっ!!」


 だが、その行動が作戦通り過ぎて逆に心配になるレベルだった。



――――綺姫視点



「あんなの好きだったアタシって趣味悪かったんだ……サイアク」


 今さらながら須佐井尊男すざいたかおという人間に幻滅していた。昔の優しかったアイツはもう居ないんだと思い知らされる。


「てかアヤが関わって無ければ私も付き合って無いし」


 タマには二年の頃から何度か注意されてたけど、その言葉の意味を今やっと私は理解した。


「そうだったんだ……アタシ本当に周り見えてなかったんだ」


「ま、恋は盲目って言うから……でも葦原なら大丈夫だけどね」


 そして気付けば星明は怒り狂った須佐井の正面に立っていた。よく見たら小刻みに震えてるしやっぱり恐いのかな。


「大声を上げて恫喝……まるで犬、いや負け犬って言った方が良いのかな?」


「はぁ? 陰キャが調子乗ってんじゃねえぞカスが!!」


「そうだ、てか震えてんじゃんプルプルしちゃってウケるんですけど」


 取り巻きの矢野が須佐井の援護に入っている。私が行くべきかと思ったけどタマが手で制していた。


「タマ? なんで?」


「葦原を見なアヤ……サインは出てない。まだ一人でやる気だよ」


 サインとはハンドサインのことで昨日から事前に決めていた。暴力沙汰になる前に止めるとか色々と決めていたのに星明は何も合図を出さずに須佐井と対峙していた。


「何で、だって一緒にって……」


「カッコ付けたいんだよ葦原もさ……好きな子の前でさ」


 な~んかタマが分かった気でいるのが凄い悔しい。だけど、また星明が私を守ろうとしている後ろ姿は見ていて胸がキュンとする。


「ああ、震えているさ……須佐井、君が綺姫にした最低な行為への怒りでね」


「……はっ? はぁっ!? で、デタラメ、いっ、言うなぁ!! おいおい、なっ、何言ってんだよ、こっ、この陰キャ野郎がっ!!」


 星明の言葉で明らかに動揺する姿にクラスの皆の視線が冷たくなって行くのが分かる。タマの話だけじゃなくて咲夜の流した噂も既に広まって二人にも通知が引っ切り無しで効果はバツグンらしい。


「どうした? 陰キャ相手に声が震えてるな、デタラメならどうして震える必要が有るんだ? 教えてくれよ」


 頑張れ星明、こうなったら私は応援とか援護で頑張っちゃうから星明は全力であんな奴、倒しちゃってよ!!



――――星明視点


「なっ、何を知ってんだよ、言ってみろよ……そうだよ言えよ、言った瞬間にあいつらに見つかって家まで来て脅されるんだぞ!!」


「ん? 何の話だ?」


 なるほどコイツが恐れているのはムツゴローコンビの方か……そうだった冷静に考えればこいつが俺たちの切札ボイスレコーダーの存在を知るはずが無い。綺姫のためだと我を忘れて冷静さを欠いてしまうのは悪い癖だ。


「だっ、だから……いや……え?」


「俺が言っているのは綺姫を見捨てて一人で逃げ出したって話だが? 俺は須佐井くんに見捨てられたって綺姫から聞いてるんだけど?」


 嘘は一切言って無い。裏の事情を話さないで上辺だけ話せばこういう話に変えることも出来る。そしてクラスへの効果は覿面てきめんだった。


「えっ? ま、マジかよタカ……だってお前柔道すげえ強いって……男は拳だって」


「前もケンカは負け知らずで……柔道のためにケンカは封印中だけど中学では暴走族潰してたって話してたじゃん」


 そんな小学生が付きそうな嘘を信じてるのもどうかと思うが取り巻きの二人も含めてクラス中が須佐井を疑惑の目で見始めている。今こそタイミングは完璧だ。だから俺は合図を綺姫に出す。俺は二人で一緒というのをもう忘れない。


「あっ……そうなの!! 星明の言う通りアタシが大男に捕まった時に須佐井は謝りながら関係有りませんって逃げ出したの!!」

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