第82話 五事七計 その1


「あっ……須佐井くん」


「うっわ、これどうなるの?」


 さっきの女子二人が俺達と須佐井を交互に見て慌てている。どうなるかと言われれば実は既に勝敗は決していると答えるだろう。


「星明……反撃開始だよ」


「分かってる綺姫……二人で一緒にね」


 どうやら須佐井たちはトイレに行っていたようだ。これは俺達に好都合で正に天の采配と言って良いだろう。浅間の話に付き合って少し遅れて学校に到着したから時間に関してだけは不安要素だった。


「おいおい、どうしたんだ……って誰だ? お前ら?」


「転校生? いや……あれ?」


 須佐井と取り巻きその1が無理やり人垣を割って来ると奴は相変わらず場末のホストみたいな髪型に着崩した制服姿で少し髪が伸びた他は変わらない。そう、何も変わらず新学期を過ごせると勘違いしているみたいだ。


「ふぅ……久しぶり、アタシが誰か分からないんだ」


「えっ? あっ……ん?」


 教室中が一気にザワザワし出す。その動きに何か気付きそうだが先にネタバラシはこちらからする。その方が奴の印象は悪くなるからだ。


「仕方ないさ綺姫、彼は一学期までは仲が良かっただけで、もう他人だからね」


「そっかぁ~、アタシ捨てられたんだった~、にね」


 俺達の言葉で須佐井が困惑して固まった。これでまだ綺姫に気付いてないのは思った以上に薄情だと思う。おそらく綺姫が無事に学校に来るなんて最初から考えに無かったのだろう。


「あっ、いや、はぁ? 何で……それに、えっ?」


 必死に混乱した頭で理解しようとするが、そんな暇は与えない。というよりも二人が与えてくれないだろう。


「え~、アヤってタカに捨てられたんだ~、マジで酷くな~い!?」


「ええっ!? そうなんタカ、それ引くわ~!!」


 海上と浅間が聞こえやすい声で教室中、果ては廊下に響く勢いの声で叫んでいた……昨日の打ち合わせ通りで完璧だ。


「えっ、あっ……な、何言ってんだ二人とも、てかアヤ? な、何で?」


「あのぉ、アタシのこと、そう呼ぶの止めてくれない? カレシの前でそう呼ばれるの迷惑だから」


「はっ? カ、カレシって何の、そもそもお前……」


 須佐井の反応から事前の策が漏れていないのも確認すると、いよいよ俺の出番だな……漢を見せろ葦原星明。綺姫も頑張ってるんだからここが踏ん張り所だ。




「そうだね、ただの幼馴染程度が俺のカノジョに気安いよ須佐井くん?」


 言えたぞ、ちゃんと言えたぞ俺。綺姫がチョイスしたセリフが言えました。これで今夜は綺姫がご褒美にから揚げを作ってくれることは確定した。昨日、頑張ったら作ってくれると言ってたから楽しみにしてたんだ。


「はっ? カ、カレシ……テメーこそ誰だ!!」


「酷いな、コンビニで言ったろ……葦原でいいってさ」


 その言葉で教室中が静寂に包まれた。というよりも須佐井が騒いでいただけで周りは固唾を飲んで見守っていたから奴が黙ったら静かになっただけだ。


「は? え?」


「まだ分からないか? 葦原 星明だ……よろしく須佐井くん?」


「お、オメー陰キャメガネかよ!! アッシーが何でアヤのカレシなんだ!?」


 その言葉だけで周りの人間が顔をしかめるが一番キレたのは綺姫だ。当然だろう綺姫の地雷ワードが満載だったのだからな。


「あのね、須佐井くん……アタシのカレシに酷いこと言うの止めてくれない?」


「はっ? アヤこそ何言ってんだ、さっきから須佐井くんとか……そ、それに!! こんな陰キャ野郎のカノジョとか冗談でも笑えねえ!!」


 この時点で騒いでいるのは一人だけで取り巻きの二人ですら状況に困惑して黙っているのに未だ空気が読めてないのは須佐井だけだった。


「そっちこそアタシを捨てて逃げ出しておいて今さら何言ってんの? あと今日から幼馴染って言うのも止めて、マジで迷惑だから」


「はっ? そもそもお前が俺を幼馴染って……てか何で皆黙ってんだよ!!」


 しかし誰も答えない。何人かは気付かない振りすらしている一学期なら有り得ない光景だが当然だ。これも全て仕込みだ……夏休み中から仕込んでいた。主に海上頼みだったが完璧だった。


「星明ぃ~、アタシこわ~い」


「大丈夫だよ綺姫……須佐井くんは、君のは混乱してるんだ」


「は、はぁ?」


 こちらの意図を掴みかねているようでアホ面を晒している須佐井に取り巻きの二人は落ち着けと言っているが完全無視だった。綺姫の情報通り頭に血が上ると周りが見え無くなるのは本当らしい……ここまでバカだとは一学期は気付かなかった。


「だから彼を許してあげたらどうだい?」


「星明マジで優しい~、さっすがアタシのカレシ~!!」


 そう言って抱き着く綺姫の頭を撫でる。ちなみにここまで全て海上と瑞景さんの描いたシナリオ通りで途中のセリフには綺姫の要望が多々入っていた。


「お前、な、何してんだよ、アヤは俺のっ――――」


 奴が叫ぼうとするがタイミングよくチャイムが鳴った。そして時間ピッタリに教師が入って来ると朝のHRと朝礼の時間だ。続きは放課後に持ち越しだ。




「やるじゃん葦原、ミカ兄のレクチャー通りだった」


「確かに別人なくらいキリッとしてて驚いた」


 海上と浅間からも称賛が送られる。だが、ここまで出来たのは二人のお陰だ。あと今ここにいない瑞景さんと聡思さんのアドバイスも俺を奮い立たせてくれた。


「いや、海上と浅間のおかげだ……事前の仕込みは何人に?」


 実は海の家でバイトのラスト一週間、つまりチェスのバイトを俺がしていた裏側で二人には綺姫のために動いてもらっていた。


「最初に声かけた黒井&羽根井のグループ以外には匂わせといた。あの二人悪い子じゃないけど口は軽いから周りの反応を見るのに使った」


「私も前のクラスの友達とか二年の後輩にアヤにカレシが出来て須佐井じゃないって噂回したよ……外堀は埋めたから」

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