第78話 恋人同士の朝
「アヤもう大丈夫なの?」
「うん、なんかゴメン……水差しちゃって」
星明と一緒に店を出て最初に気付いたのは咲夜だった。あれから一時間以上経って一番暑い時間帯だから心配だったけど大丈夫そう。ただし星明が日傘をさした上で私は麦わら帽子をかぶらされていた。
「それは良いけど葦原、実際どうなん?」
「あれから休んだし水分補給もキチンと取ったから大丈夫だと思うけど……」
「だが二人とも、素人判断は危険だと思うよ?」
こんな注意を瑞景さんにもされたけど最終的には注意して楽しむという話で納得してもらった。だって星明や皆と楽しめる学生最後の夏休みは最後だから……。
◆
――――星明視点
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「星明~!! ファイト~!!」
先ほどまで熱中症の心配をしていたはずが今は俺が心配されている。理由は単純だ俺の体力の無さだ。現在、俺達は砂浜でビーチバレー対決をしていた。
「大丈夫か星明?」
「てか葦原、聡思兄ぃの足引っ張んないでよ」
審判をしている浅間が言うように今は俺と聡思さんペアVS海上&瑞景さんペアでの対決中だ。瑞景さんはもちろん海上も運動神経は抜群で本人いわくビーチバレーもだがサーフィンなどのマリンスポーツも得意らしい。
「すいません聡思さん」
「気にすんなよ、咲夜なんか体力以前の運動音痴だからな」
そう言って差し出された手を掴んで立ち上がる。聡思さんも結構動けるから驚いた。自称オタクだったから運動は出来ないと勝手に思っていた。
「聡思兄ぃはね!! 小さい頃から空手とかやってたんだから!!」
「え? 聡思さん武道の経験者なんすか?」
「まあな、俺って特撮オタでヒーロー好きだったから中高と空手部だったんだ」
「高校の県大では個人で準々決勝まで行ったのよ!!」
何で毎回、浅間が補足を入れるんだろうか。やっぱり聡思さんのことが大好きなんだな……今なら分かる。好きな人のことは何でも知ってたいし好きな人の前ではよく見られたいんだ。
「じゃあ俺も頑張りますか」
「おや、ウチとミカ兄のコンビに勝てると思ってんの?」
腕を組んで仁王立ちする海上が挑発的な笑みを浮かべて言う。横で瑞景さんは「勝負事になると珠依は手を抜かないから……」と苦笑している。だから俺は返礼と決意を込めて叫んだ。
「海上それに瑞景さんは強い……だけど俺も大事なカノジョの前で、これ以上の不様を見せられない!!」
「星明~!! カッコいいよ~!!」
「いいね、葦原……あんた学校の時より何倍も良い顔してんじゃん」
ちなみにこんな熱い流れではあったが、その後ストレート負けしていた。二点だけ取れたのを綺姫だけは褒めてくれたが散々な結果だ。その後も六人で楽しめるだけ夏を満喫し、俺達の夏休みは終わりを告げた。
◆
「じゃあ到着だ。ほら二人とも時間はあまり無いだろ?」
翌日、俺と綺姫は朝一で瑞景さんの運転する車で学校まで送ってもらった。綺姫の学費の支払いが間に合わないから直接支払いをしようという作戦だ。
「はい、瑞景さん、ありがとうございました」
「タマ、あとで連絡するね!!」
そして俺達の強行軍に付き合ってくれたのは海上と瑞景さんで浅間と聡思さんはホテルの方へ挨拶や最後の確認のために残るから行けと送り出してくれた。四人に感謝して綺姫と俺は職員室へと急いだ。だが、そこで俺達を待っていたのは予想外な答えだった。
「学費が……既に支払われた?」
「ええ、というよりも二人の学費が免除になったのよ」
「えっと綺姫のだけじゃなくて俺のも……ですか?」
意味が分からない。学費が免除になったのも綺姫だけではなく俺まで学費の心配がいらなくなったのも全てが謎だ。
「それが一昨日に本校つまり姉妹校の理事の人から鶴の一声で決まったそうなの」
「でもアタシ達、理事の知り合いなんて……それに姉妹校って?」
綺姫の言う通りだ。俺だって理事に知り合いなんて居ないし、この若月総合学院に姉妹校が有るなんて知らなかった。
「姉妹校の名前は涼月総合学院って言うんだけど、そこの理事の方の指示らしいの」
「その理事の方の名前は?」
「お名前を出されなかったから理事会の中の誰かだと思うのだけど……その方からメッセージカードを受け取ってるの、二人にって」
学年主任から渡されたカードを綺姫と一緒に目を通すと困惑した。だが分かりやすいメッセージがカードには記されていた。
『メイドの恩返しです、残りの学校生活を楽しんで下さい。 謎のメイド理事より』
「「モニカさん!?」」
俺達の声に驚いた学年主任だったが、すぐに教師の顔に戻ると明日から学校に遅刻せず来るようにと日焼けした俺達に釘を刺して来た。それに返事をすると俺達は久しぶりのマンションへの帰路についた。
◆
「ふぅ、朝か……」
昨日は帰ってからも大変だった。海上と瑞景さんも一緒にマンションに戻って来たのだが部屋は悪臭とホコリだらけで綺姫のやる気スイッチが入り大掃除が始まった。その後に二人へのお礼も兼ねて夕食は例の寿司の出前を取ったりして夕方まで過ごし今日の準備と大忙しだったのだ。
「おはよ星明……ちゅ~しよ?」
「おはよう綺姫、おいで」
俺が動いたせいで隣で寝ていた綺姫も起こしてしまった。だが俺のカノジョは寝起きで条件反射のように抱き着いてキスをせがんで来る。それが愛おしくて俺もベッドの中で綺姫を抱き寄せ唇を重ねた。
「なんか今のすっごく良かった、目が一発で覚めたよ!!」
「俺もだよ綺姫……じゃあ準備しようか」
不思議と衝動も湧いて来ない。綺姫と出会う前は何度も来ていたのに最近は父との勝負以降ぱったりだ。
「星明、食べ物の買い置きが無いから放課後スーパーとか行きたいんだけど良い?」
「ああ、俺も一緒に行くよ、今日はどうせ午前中で終わりだろうしね」
そう言うと俺達は制服に着替え昨日の内に買っておいたコンビニおにぎりと綺姫が朝一で作ってくれた味噌汁で朝食を済ませる。
「綺姫、忘れ物は無い?」
「うん、星明こそ戸締りは大丈夫?」
玄関に出る直前に自然と笑みがこぼれる。そして俺達はドアを開けて部屋を出ながら同時に顔を見合わせ言った。
「「いってきます!!」」
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