第77話 一日だけの夏休み その2

――――瑞景視点


「以上が報告の全てです……総裁」


「ええ、ご苦労でした。候補生ながら見事な成果です」


 僕は目の前の超人相手に内心ビクビクしながら報告を終えた。どうやら及第点だったようで安心した。トラブル続きだったけど無事に終わって何よりだ。


「総裁……今回はT・レディなどとお戯れを……正直こちらとしては焦りました」


「ふふっ、どうしても直接見たくなりましてね……なんせ彼とモニカさんが気にかけた相手ですもの優先度が上がるのも当然でなくて?」


 それを言われたら頷くしかない。かの自治区の区長とその妻を実際に初めて見たが二人とも普通の若夫婦にしか見えず、とても八年前のあの大事件を解決したようには見えなかった。


「ではこれで……」


「最後に一つ、あの二人ですけど昨日の夕方ここまで来て私からの援助を断ったんです」


「なっ!? 本当ですか!? 星明くんの学費ですよね?」


 千堂グループは十年以上前から急成長し近年に起きた複数の事件の関係で今や企業としては異常な規模で大国の国家予算並みの資本を有し超企業体と自称し名乗っている。そんなグループからの助けを二人は断ったのか……。


「ええ、どうやら私との距離を取りたいようですから今回は引く事にしました。だからあなたの重要性は増しますよ……額田 瑞景」


 その言葉を聞いて頷くと僕は総裁から新たな指示を直接受けた。内容は相変わらず監視だったが一つだけ追加されたものが有る。


「葦原星明の症状に注意し万が一の事態が有れば警察や蛇王会とも連携を取り、しかるべき処置をする……」


「彼が私の考える通りの存在なら……非常に厄介です」



――――綺姫視点


 私は今とてつもなく幸せだ。一ヶ月前、私の人生はどん底まで叩き落とされ終わりだと絶望していた。でも直前で私の運命は大きく変わった。目の前の私の最愛のカレシのお陰だ。


「星明~、お肉だけじゃなくて野菜も食べよ?」


「いや、野菜はたくさん食べたし……今日は肉が良いかな」


 星明と八上さんがBBQの用意を始めたけど意外と大変そうで苦戦してた所で戻って来た瑞景さんに手伝ってもらってコンロの火は安定した。今はそれぞれのカップルに別れて思い思いのひと時を過ごしている最中だった。


「そうだね今夜も頑張るには精の付くお肉だね!!」


「ああ、俺も今夜は反撃するからね綺姫?」


 そう言って私の前髪をサッとどけると額に軽くキスをしてくれた。まるでお姫様みたいとか思いながら私はお返しに星明の唇を奪って軽くキスすると焼肉のタレの味がした。


「う~んBBQ風味?」


「綺姫も同じ味がしたよ」


 星明の笑顔を見てると一昨日の判断は正解だと確信した。あの時、私は勢いで星明に告白して成功したけど実は星明の言う通り距離を置くのも仕方ないという考えもチラついた。でもそう思った時、心の奥から自分の声が聞こえた……気がした。


(もう二度と星明から離れるなって、あれが私の心の声? 本心だったのかな?)


「綺姫どうしたの?」


「ううん、やっぱり岩陰に行きたいな~って」


 冗談めかしに言うと星明は困った顔をすると外で行為をするのは衛生的によくないと言う。それに別な問題も有るからと笑みも浮かべていた。


「綺姫は虫とか苦手だよね?」


「うん」


 小さい頃から虫は苦手だ。私の家は古いからよく外から入って来て私は防衛に必死だった。最近はバイトで店の中にたまに入って来るフナ虫が天敵で星明に外に出してもらっていた。


「その岩陰にはフナ虫がね、たくさんいるよ?」


「えっ? マジですか?」


「うん、バイト中に入って来ただけで大騒ぎしてたのに良いの?」


「やっぱり衛生面って大事だよね!!」


 そんなやり取りの後に星明は二人分の紙皿を持って私の分も含めたお肉とかの用意をすると言って立ち上がった。それで改めて実感する……やっぱり普段の行動一つ取っても星明は違う。


 前に須佐井と遊んでいた時に「そういうのは女の仕事だ」と私は毎回ドリンクバーを取りに行かされていた。タマにも何回か付き合い方を考えろって注意されてたけど今になって意味が理解出来た。


「昔は優しかったのにな……それこそ今の星明みたいに」


 比べれば比べるほど過去の須佐井と星明は似てる……なんて変なことを考えているとズキンと頭が一瞬痛んだ。そして私は意識を失った。




「綺姫!! 綺姫!!」


「うっ、う~ん……あれ?」


 目の前の星明は顔面蒼白で今まで見た中で一番険しい顔で、私と目が合うとホッとした顔になって徐々に優しい表情に変わっていく。


「良かった……」


「アタシ、たしか……あれ?」


 ボーっとする頭、何かを直前まで考えてたけど思い出せない。意識が朦朧とするってこんな感じなのかな。


「熱中症かな? 涼しい所で休んだ方が良いかもしれないね」


「ミカ兄の言う通り、お店の中に避難しなアヤ」


 タマと瑞景さんの言葉を聞いてボーっとした頭で悩んでいると星明が私を抱きかかえた。星明って特にスポーツやってるわけでも無いのに意外と力が有るし脱いだら実は細マッチョだったりするんだよね。


「俺が連れて行きます、綺姫まずは水分補給だ」


 星明は店の鍵を開けてスタッフルームまで私を運ぶと優しくソファに降ろした。このソファには凄いお世話になってるから妙に落ち着く。


「ごめんアタシのせいで……調子に乗り過ぎたからかな?」


 謝ると星明も皆も気にするなと言ってくれて安心する。それに八上さんと咲夜がホテルまで行ってお医者さんを呼んで来てくれた。診てもらった結果、特に異常は無く熱中症だから少し休めば大丈夫だと診断された。


「そんなこと無い、それより体は本当に大丈夫?」


「うん……無理しないから、危なくなったら星明にすぐ言うし」


 それに夏休みの最後は星明や皆と楽しく過ごしたいと言うと星明は最後は折れてくれた。それに感謝すると私は夏を取り戻すために遊び尽くそうと星明の手を取った。

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