第74話 終わる契約 その2


「わぁ~ってるよ、ナナいいな?」


「そりゃ七海会長いえ総裁から言われたらね……」


 そう言って二人は先ほどの超VIPの話をしてくれた。ジローさんはキチンと知り合いになったのは数年前だそうだ。そして今から話すのは十年以上前の話だと前置きをして語り始めた。




「俺の元いた組が潰されたって話を覚えてるか?」


「組長が警察に捕まったんですよね」


 そう答えるとジローさんは組が瓦解したのはそれだけが原因じゃないと続ける。何でも当時の所属していた『蛇塚組』というヤクザ組織は構成員そのものがゴッソリ居なくなったそうだ。


「組長もだが大半がサツにパクられて行方不明だ……俺は何とか逃げ延びた」


「行方不明って……それに逃げ延びたって警察から?」


「いんや、あいつらにはそれなりに金握らせてたから当時も今も動かねえ……だから出て来たのは当時、総裁代理だった七海お嬢だよ」


 そして七海さんと彼女の部下たちによって蛇塚組や下部組織の半グレ集団などは数年で完膚なきまでに叩き潰されたそうだ。


「そんなことが……」


「で、逃げ延びた俺は本当の父親を頼って今の組に入った……だけど、そこをまた見つかってな……お目こぼしの代わりに使われてんだ」


 そのツテで七瀬さんも小さい頃に才能を見出されて心酔したそうだ。他にも悪い付き合いも多々有るのだが今回は久々のご機嫌うかがいの予定が俺達の騒動に巻き込まれたらしい。


「そうだったんですか……思った以上に真っ黒気味なグレーゾーンすね」


「まあな、でもヤベーのがバックにいるから俺らも好きに出来るってもんよ」


 つまり虎の威を借る狐状態なのか。ちなみに今回の賭けチェス大会への参加なども全て七海さんに裏で頼まれていたらしい。報酬も最初から彼女が出すと言っていたそうだ。


「つまり全部が掌の上……か」


「アハハ、凄いね……七海さん」


「ああ、でもこれで金銭面の問題も解決だ……綺姫と俺の学費も、良かったよ」


「あっ、うん……そうだね、じゃあ戻ろう、星明」


 何故かぎこちない態度の綺姫の様子が気になったが俺はこれから最後にやるべきことが有る。これをしなくては全ての答えも出せないし何より俺自身が決断しなくちゃいけないことだ。


「じゃあ今日は歩いて帰ります」


「ああ、それはいいが嬢ちゃんは着替えてけよ、夏でもバニーじゃ風邪ひくぜ?」


 俺達は豪華客船の停泊している港の出口までジローさん達に送ってもらい、そこから二人で目的地まで歩き出した。



――――綺姫視点


 歩いて十分くらい経つけど星明はいつもの道を通らないで巡回コースを歩いていた。モニカさん達がいた時はあんなに人がたくさん居たのに今は二人きりで周囲は静かだった。


「ね、ねえ星明……どこ行くの?」


「ああ、ロッジに戻る前に二人で話をしたくてね」


 目的地はバイト先の海の家だった。何で遠回りしたのか気になったけど考えてる内に星明は鍵を使ってドアを開けた。店内は電気を付けなくても意外と明るくて天窓から入ってくる淡い月明りが私達を照らし出していた。


「綺姫……もう俺達の契約カンケイを終わらせたいんだ」


「え?」


 最初何を言ってるのか分からなかった。ただ月明りに照らされた星明の真剣な顔を見て私は訳が分からず困惑した。いきなり星明は何を言ってるんだろう?


「実家にもバレて、世界規模のグループ企業にまで目を付けられたのは危険だと思う。でも金は出来たし今回のことで狙いは俺で綺姫に手出しをしないのは分かった。だから綺姫を俺から解放したいんだ」


「待って、待ってよ星明!! それって意味わかんないよ!!」


「今まで本当にごめん……俺は君の優しさと親切心を利用して最低な契約で君を縛り付けた、謝って許されることじゃないけど、だからせめて最後くらい……」


 それは違う優しいのは星明の方だ。見捨てられ右も左も分からないで泣いてた私を唯一守ってくれた大好きな人だから最低なんかじゃない。何より契約は私のより所だから終わったら困る。


「ちっ、違うよ……だって、あれだよ契約ってのは対等なんだよね? 私は星明の治療に同意した!! そうだよ、それに病気の治療だって終わってないし!!」


「実はさっきの父さんとのチェスの間、例の症状は出ていた……でも抑え込めていたんだ、少なくとも症状は緩和し始めてる」


「そう、なんだ……じゃ、じゃあ戦う前にキスしたのも?」


 それは実験したかったからなのかと聞くと違うと強く言われた。そう言われて凄く嬉しかった。だって自分を求めてくれたとハッキリ言ってくれたから。


「あれは……最後に綺姫との思い出にと、いや、その思い出ってのは失言だ、今のは勢いで言っただけで……その」


「星明、今はお互い冷静じゃないと思うし……だから明日とかまた――――」


 話そうと言おうとしたら星明が遮るように口を開いて私の言葉を封じていた。


「ダメだ。今日ここで全てに決着をつけたいんだ」


 その言葉に私は愕然とした。決着ってつまり今までのカンケイを終わらせたいって意味だよね。そんなの嫌だ……離れたくない。だって私達の間に有るのは、この契約だけでそれが無くなったら何も無い私は星明の傍にいられない。


「決着、決着って何? 星明そんなにアタシが邪魔なの!?」


「違う!! それだけは断じて違う!!」


「じゃあ何で、わけ分かんない、分かんないよ!! 星明は大人の世界で悪い事ばっかしてて頭良いかもしれないけど、バカなアタシには何にも分かんないよ!!」


 自然と涙が出ていた。恋は辛いなんて眉唾物だと思ってたのに心が締め付けられて苦しい。


「……最初は気の迷いで気付けば本気で好きになってた。でも綺姫を今回みたいに巻き込むなら君を解放したい、それに今なら俺もギリギリ諦められると思うから」


 だから星明の絞り出すような告白を聞いて心が震え時が止まったような錯覚に陥ったと同時に私は凄く怒っていた。


「そんなのっ!! そんなのアタシがいつ頼んだの!? それにアタシだって星明のこと大好きなんだから!! ……って、え? 好き?」


 そして星明の言葉の意味を理解した瞬間、今度こそ私の中で時が完全に止まった。

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