第八章「新学期からの二人のカンケイ」

第71話 乗り越えた先で… その2


「どうする星明、白を譲ってやろうか?」


賭場ここのルールに従うべきだ……は分かりますよね?」


 そう言って俺は両手を出した。トスとは両手を閉じた中に駒を隠した状態で相手の前に出し当てた方を使うというもので、この裏チェスでも使われている。


「ああ、分かった……左だ」


「では先行は俺がもらいます……父さん」


「ふっ、最初から譲ってやると言ったろうが」


 そう言うと父が手を出して来たから俺も握手に応じ対局は始まった。昔はこんな感じで紅茶を片手にチェスを打ったのも今は遠く懐かしい残影だ。だから、それを振り切るように俺は父に向かって宣戦布告する。


「その余裕……すぐに無くなると思いますよ」


「はっ、一度でも勝ってから言え」


 試合時間は大体二時間弱はかかるだろう。だがこの仮定は勝負が拮抗した場合の話だ……今言った通り俺は一度も父に真剣勝負で勝ったことは無いのだから。



――――綺姫視点


「拮抗してますねえ……強いのは葦原父だったのでは?」


「あ、あのT・レディさん試合中の私語は……」


 これは星明に教えてもらった話で試合中は私語厳禁だそうで、テレビの将棋はそんな感じだったと言ったら似たようなものだと教えてくれた。だけど私の言葉は目の前の女性には関係無かったようだ。


「こんな裏の賭けチェスで公式の決まりなんて誰も守りませんし今回は私が許可しますので問題有りません」


「でも、いくら偉くてもルールはルールですから」


 今までルールどころか法律まで破り放題で悪い事いっぱいしてた私が言えた義理じゃないんですけどね。と心の中で付け加える……これでも反省はしてます。


「大丈夫、ここの賭場の仕切りは私なので、今OKにしました」


「えぇ……本当なんですか?」


「ああ、このサウザンド号はこの人の持ち物だし賭場も当然のように仕切りは、この人なんだ天原の嬢ちゃん」


 そんなのズル過ぎる。てか当然なんだジローさん……だけど私の注意は別な所に向いていた。それは聞いたことの無い単語が出て来たからだ。


「サウザンド号?」


「そっちか……この船の名前だ、そこのT・レディの船なんだよ」


「えっ、えええええええ!? この船ってお姉さんのなんですか!?」


 思わず大声が出て場の全員が私に注目していた。星明が昨日の夜にベッドの中で相手が桁違いだって言ってた意味が今やっと分かった気がする。


「ええ、同じ物を他に四つほど保有していますが」


「他にも……すっご~い」


 私の借金なんてこの部屋にある調度品で返せちゃうんじゃないかなとか思ってたけど、そういうレベルじゃないんだと思い知らされる。


「うるさいな、これだから貧乏人は……」


「あっ? 別に父さんだって小型のクルーザーくらいしか持ってないだろ? 綺姫、気にしないで良いからね?」


 くるっと私の方に振り向いて笑みを浮かべる星明だけど青筋がピクピク立っているから怒ってる……複雑だけどちょっと嬉しい。


「う、うん……でも、ごめんなさい」


 だけど注意してたのに一番騒いでたのは事実だし反省だ……星明はフォローしてくれたけど、お父さんの言う通りだと思う。


「気にしないで良いの、それにしても本当にあなたが大事なのね星明くん」


「あっ、その……」


「改めまして星明の母の葦原静葉です。天原さん……下の名前は何だったかしら?」


「あっ、はい。天原綺姫です。お義母さま!!」


 こういうのは第一印象が大事だって母さんも言っていた。お爺ちゃんに借金する時も第一印象が大事だからと私を前面に出してたし、喋らなければ完璧だと褒められてたから大丈夫だと思う。


「ふふっ、実際にそうなると良いわね……でも少しは相談して欲しいわ。頼りない母親ですけど」


「えっと、そ、それは……その」


 そんな話をしながら静葉さんは私と握手する振りをしながらコッソリ何か紙を握らせて来た。私が驚いているとウインクしていたから私は咄嗟に胸の谷間にそれを隠した。


「まあ、大きいと便利ね」


「一番隠せるんで」


 ただ星明には緊急時以外はしないように言われた。前に下着を脱がされた時にレシピとスーパーのチラシが落ちて星明が固まりエッチが中止になった時が有ったからだ。そんな間にも試合ゲームは進んでいた。



――――星明視点


「ふむ……」


 駒を動かして溜息を付いた父は余裕な表情だ。傲岸不遜ごうがんふそんだが頭は切れるし俺が相手で油断はしているが冷静で隙なんて無かった。


「ふぅ、さて……」


 だが俺は自分の手番にも関わらず後ろの二人が気になっていた。綺姫と静葉さんは何を話しているのだろうか。周りの大人は全て敵だと綺姫が分かっているか凄い不安だ。そして再び盤面に意識を戻すと意外なことに気付いた。


「これって」


「ああ、気付いたか……」


「ステイルメイト……」


 ステイルメイト、分かりやすく言うと引き分けだ。海外の大会などはステイルメイトに追い込んだ側が勝利とか、事前に勝敗を決めておくことも有るそうだが少なくとも、ここのルールでは引き分け扱いだ。


「ふぅ……」


「お疲れ様、星明~」


「ありがとう綺姫」


 一気に力が抜けた俺に綺姫がオレンジジュースを持って来てくれて一口飲むと落ち着く。綺姫も少し分かるからか「凄い!!」とか「三手目までは分かったよ」と言っていた。


「決着がつくまでやるのか星明? 負けを認めても良いのだぞ?」


「ああ……もちろん次は引き分けなんて無しだ」


 俺は逸る気持ちを落ち着けて目の前の父に向けて言う。そしてルールが一つ追加された。次はステイルメイトに追い込んだ方も勝者というルールだ。


「よかろう、また昔のようにお前が間違っていると証明してやろう」


「昔……昔とは……」


 昔とは違うと俺は断言できなかった。追い出された時は何も言えず悔しくて一人で泣いていた。でも今は違う……いや、何が違うんだ? 綺姫が居ても飽くまで金の力で俺はあの時から何か変われたのか?

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