第70話 乗り越えた先で… その1


「こんな所でバイトなど……やはり監視下に置くべきだったか」


「ふぅ……追い出しておいて今度は監視下? 今さら親面ですか?」


 俺は前回と違い心が落ち着いていた。後ろに綺姫がいる状況は同じだが事前に分かっているから今回は心構えが違う。だから自然と昔から言いたかった言葉も言えた。


「貴様っ!! 父に向かって何て口の聞き方をっ!!」


「情けない病気持ちが気に入らないから俺を遠ざけた、それで今度は監視する? そんなんだから母さんにも捨てられたんだろ?」


「きっさっまああああああああ!!」


 激昂する父を静葉さんや黒服が抑えるのを冷めた目で見た。俺だって今日まで言いたい事がたくさん有った。そもそも母に見捨てられたのだって傲慢な性格が原因だ。正直、静葉さんが何で再婚してくれたのか未だに謎だった。


「そこまで、親子喧嘩を見たいのでは有りません。双方とも座って下さい」


 そんな俺達をT・レディが口元に笑みを浮かべ仲裁に入る。ここで改めて彼女の権力の大きさを思い知らされた。理由は単純明快で父がすぐに黙ったからだ。

 この父だが傲慢で権力を平然と振りかざす反面、小心者で自分より上の権力者には絶対に逆らわないという息子から見たら情けない一面を持っている。


「星明も座ろ?」


「そう、だね……」


 俺も綺姫に言われるまま席に着く。綺姫が俺の斜め後ろに立ったのを確認すると俺は今回の騒動の発起人であるT・レディを睨んだ。



――――綺姫視点


「そんなに睨まないで下さい。出し物はまだ終わってませんから」


「もう多少のことではキレたり驚ける自信が有りません、次どうぞ」


 この場でマスクで顔を隠しているのは謎の大金持ち女さんだけだ。でも私が気になるのは星明の様子だった。いつもの冷静さが無い気がする。でもそれも仕方ないのかも……星明に何度か聞いていたお父さんの性格が誇張無しで嫌な感じで、なぜか私も昔から知っているような違和感を感じて不気味だった。


「不遜ですこと……葦原さん、ではどうぞ」


「星明、今日ここで私に負けたら家に戻ってもらおう」


「は? 何をいきなり」


 星明の目が点になっていたけど私も頭が真っ白になる。星明が家に連れ戻されるってことは、夏休みが明けても続く私と星明の愛の同棲生活(予定)が終わっちゃうって意味だよね。


「ふんっ、そこの女を助けるために色々と動いたそうじゃないか……賢しいことだ。だが行動力それに知識、後はバカ教師どもを騙し対策する権謀術数に長けた動きは私の後継者として相応しい。だから家に戻してやると言っているのだ」


「いっ、いきなり何を!!」


 半分は何を言ってるか分からないけど、やっぱり私との生活は今日までって意味だよね。それは凄い困ります。てか絶対に嫌です。


「星明くん、それに後ろの天原さんも、説明いいかしら?」


「はい、静葉さん」


 私も黙ってコクリと頷く。こっちの人は優しそう……星明から義母だけど自分と義弟を差別せずに育ててくれて、よくある継母みたいな悪い人じゃないと聞いているから安心……だと思う。


「その……ね、星明くんが色々と動いたのは、この人の言った通りだと思うの、それで天原さんを助けた行為は私は人として素晴らしいと思うわ」


「そうですよね!! 星明、凄い優しいんです!!」


「ふふっ、ありがとう天原さん、でもね健全な男女が一つ屋根の下ってなると少々事情が違うと思うの」


 それを言われた瞬間、星明も「ぐっ……」と言葉に詰まっていた。今回は私にも分かります。だってタマからも何度か私達の同棲はバレたらアウトだと忠告だけは受けていたから。


「静葉さんの言い分もっともです……」


「星明……」


「そうだ、子供なら大人し――――「あなたは黙っていて下さい!! 話が余計こじれて面倒になりますから!!」


 お父さんが騒ぎそうになった瞬間、静葉さんが凄い顔で睨み付けると一瞬だけ怒られた後の子供みたいな顔になった後に「ふんっ」と元の怖い顔に戻っていた。何か少し星明に似てるかも……お父さん。



――――星明視点


「星明くんの言い分も有ると思う。実際、二人が距離を取った方が良いと思ったのは私も同じで……でも星明くんから見たら突き放したのは事実……よね?」


 静葉さんの言う通りで俺の追放というか家から追い出す時に唯一反対したのは義弟の香紀よしきだけだった。もっとも当時は小学生で「兄ちゃん行かないで」と言ってくれただけで、それしか俺の味方はいなかった。


「はい、その通り、あなた達は俺を捨てたんだ!!」


「星明、お母さんの話、最後まで聞いてみよ?」


 俺は綺姫の言葉に黙って頷いて静葉さんの次の言葉を待った。また父の方が騒ぐが静葉さんとT・レディが黙らせると改めて二人が話を進め出す。


「私達は安易な方法であなたを遠ざけた。それで今度は急に戻れは難しいと思うのよ……だから」


「そう!! だからチェス勝負なのです!!」


 なんかテンションが急に上がって来たなT・レディさんとやら……俺は嫌な予感がしているが一応は尋ねてみた。


「それで?」


「つ・ま・り!! チェス勝負で勝った方の要求を負けた方が飲む!! 葦原くんは言わずもがな葦原さん、いえ今日は葦原父と呼称します。あなたは家に連れ戻し綺姫さんと引き離したい、そうですねっ!?」


 その勢いに俺と父はコクコク頷いていた。横で七瀬さんと静葉さんも苦笑している。どうやら既に話されていたようだ。


「ならば勝者が全てを手にするのです!!」


「まあ、せん……T・レディが言うので仕方ない……それにチェスならば私に分が有るからな」


 父の戯言は放っておくにしても俺は今回の話を受けざるを得ない。当前だ……受けて勝たなければ綺姫と一緒にいられないからだ。


「分かった……勝負を受ける」


 夏の終わりに賭けチェスで父との直接対決なんて……笑えない冗談だ。それに俺は宿題は七月中に終わらせ夏休みの最後まで残すタイプじゃないんだけどな。

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