第69話 潜入と直接対決 その4


「いい話?」


「食いつきが良いですねバニーのあなた……たしか?」


 私の名前が出た瞬間、星明がセイメーモードになっていた。最近気付いたけどエッチの時に優しい方が星明で激しい方がセイメーだと気付いて私が勝手に命名しました。それで今はセイメーモードで声が少しだけ怖い。


「っ!? 失礼レディ、それいじょ――――「黙りなさい、私の言葉を遮ることが出来る人間は限られています」


 その言葉に反応して私達の周りに黒服が十人以上いきなり現れて完全に囲まれた。私は思わず星明にくっ付いたけど抱き着いた星明の方も小刻みに震えている。


(な、何だ……この女、ジローさんなんかより圧が……凄い)


「ほ、星明?」


 しかも目の前の女の人は凄いオーラみたいなのが見えちゃいそうなくらい迫力が有る。てか実際になんか金色の光みたいなのが見えるような気も……バイトのし過ぎで疲れてるのかな私。


「大丈夫……ここの会話は聞かれませんよ葦原星明くん」


「っ……そう、ですか……」


「まず一手、遊んでくれませんか? そうですね……二つでいかがです?」


 そう言って女の人は指を二本、ピースみたいにする。あれは私も覚えた二百万円だ。凄いよねお金持ちって、おかげで星明もお金を稼ぎやすいって言ってた。


「二百ですか……賭けのレートは最初は――――「わたくしは二千と言ったつもりなのですが、そうですか下の単位が有りましたね」


 桁が違うよ……このお姉さん。お金持ちじゃなくてたぶん大金持ちだよ。



――――星明視点


「バカな……」


「どうしました?」


 もう手が無い……そもそも俺は自分が強いとは思っていない。ただ、この裏チェスは一部紛れているプロを除けばそこまで強くなく俺でも上位を取れた……だが目の前の女は別格の強さだった。


「リザイン……負け、ました」


「ええ、ありがとう頑張りましたね、中盤は中々でした」


 いけしゃあしゃあと言うが初手からナイトを動かす狙いは分かっていたのに俺はアッサリと定跡を乱され、後はボロボロで中盤は必死に打ち続けただけだ。


「さて、では本題に入りましょうか」


「俺はただの打ち手で……ここにも事情が有って」


「事情は知っています。なので明後日の最終日にボーナス相手を用意します。その相手に負けて下さい、レートではなく取り分として貴方に二千キッチリ払います」


 一試合で二千万、恐らく目の前の女は金持ちの道楽などではなく明らかな特権階級と見るべきで、一度ジローさんに話を通さなくては両方を敵に回すから判断は慎重にすべきだ。


「それは上の者と相談して――――「対戦相手は……あなたのお父様です」


「っ!?」


「えっ!?」


「葦原 建央さんが私が用意した対戦相手です。それと、この船で私より上の者はいませんから大丈夫ですよ?」


 それはどういう意味なのか聞こうとしたタイミングで黒服たちを割って来た二人がいた。ジローさんと七瀬さんだった。


「ちょ、ちょ~っと入りますよ、やっぱりアンタか……頼んますよ~」


「あら早かったですねえ八岐さん、それに七瀬も」


「あ~、その……ななっ、じゃなくてT・レディ様、どうか後は私達で」


「分かりました……既に彼には話したので参りましょうか」


 七瀬さんとジローさんが後で詳しく話すと言って謎の大金持ちT・レディと一緒に裏に戻って行くと付き従う黒服軍団も出て行き会場は騒然となっていた。


「何だったんだろ星明?」


「さあ、ただ……おそらくは相当な大物だと思う」(桁違いのな……)


 その後ジローさんの指示で俺たちは強制的に帰らされた。翌朝にはスマホに同じ指示が来ていて相手は父で、しかも負けろという話だ。悔しいが金のためなら仕方ない。夏休みも終わりが見えて来たタイミングでのボーナスチャンスは見逃せない。何より仮面を付けての対面だから大丈夫だ。




「だけど父さん達が一週間以上もこんな山奥に滞在なんてな……」


「何だかんだで楽しみ?」


 隣で俺の腕に頭を乗っけて微笑む綺姫につい本音をポツリと漏らしてしまう。いや本心では聞いて欲しいのかもしれない。


「分かんない……ま、今夜には大金を手に入れて……それで」


「それで?」


 それで俺たち二人の同棲は安泰だと言おうとして言葉に詰まった。このアルバイトはあくまで俺と綺姫の学費のためなのを今さらながら思い出す。それに同棲じゃなくて病気の治療のための共同生活だ。いけないな恋人のフリが長くて忘れる所だった。


「それで、俺たち二人の学費問題も解決さ」


「そう……だね、お金の問題……解決しちゃうね」


 なぜか浮かない顔が気になったが俺は綺姫のおかげで睡眠もバッチリとれて今夜も戦えそうだ。そして昼のバイトを終わらせた俺達は今回はジローさんと七瀬さんの車で会場に入った。


「では、この部屋で戦っていただきます」


 例のT・レディがそう言って俺達を案内した場所は完全なVIP用の個室だった。普通、賭け試合は不正防止のため個室は避けられるから変だ。しかし理由はすぐに分かった。


「もう構わないですか、せっ……T・レディ?」


「ええ、葦原さん」


 突然、父がTレディに向かって言う。さらに、ずっと父に付いて来た女性おそらくは静葉さんも頷くと二人は同時にマスクを取った。


「えっ?」


「なっ!?」


 綺姫と俺が思わず声を上げると仮面を取ったのは当然ながら父、そしてもう一人も予想通り義母の静葉さんだった。


「仮面を取れ星明こちらの方からわざわざ、お話を頂いてな……お前も後ろの女の正体も分かっている」


「っ!?」


 どうしてだ? 何で俺たちを騙したんだとT・レディと名乗る女とジローさん達を睨む。そもそも何が狙いだ? 俺みたいな下っ端で遊ぶ趣味でも有るのか? それに何より相手にデメリットは有ってもメリットは一つも無いはずだ。


「仮面を取れ星明、父の命令が聞けんのか!!」


「星明くん……お願い顔を見せて……」


 だけど静葉さんに言われたら俺は……それでも迷っていると後ろの綺姫が肩に手を置いてコクンと頷いた。


「分かった……綺姫」


 そして俺と綺姫も同時にマスクを取った。

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