第64話 予期せぬ対面 その1

――――星明視点


「ここはもっと一気に……ね?」


「えっ? まだアタシ初心者だし、でっ、でも星明が言うなら、んっ……」


 綺姫の指が震えて吐息と声も一緒に漏れる。昨日の夜も大丈夫だって言ったのに力加減がまだ分からないようだ……初々しくて可愛い。


「大丈夫、力を抜いて……見ててあげるから」


「星明、見てるだけでアタシにさせるなんて……ひどいよ~」


 甘えるように言って来る表情はゾクゾクする。でもまだまだ甘いから更に追撃だ……やはり綺姫は攻めに弱い。


「何事も練習だよ、ほらそこ」


「あんっ!? そこはっ!?」


 綺姫が軽く悲鳴を上げて震えながら手を動かす。だけど安易に動かすのは迂闊だ俺はドンドン攻めていく。


「次はどんな声を上げるかな? もう待ったは無しだよ?」


「あっ!? 星明、そこっ、ダメ~!!」


 綺姫が我慢の限界で、つい大きな声を上げてしまった。堪え性が無い、もう少し耐えられるようにならなきゃダメだ。そんなことを思っていると急にドアがバタンと開かれた。


「ちょっと待ったあああああああ葦原!! それにアヤも!!」


「「えっ?」」


 突然、怒鳴り込んで休憩室に入って来たのは浅間だった。いきなり一体どうしたのだろうか?


「あんたら休憩中に何してんのよ!!」


「スマホのチェスだが?」


 俺たちはスマホのゲームのチェスでオンライン対戦に興じていただけだ。浅間がキレて入室して来た意味が分からない。そもそも最後の綺姫の声以外は響いていないだろうし問題無いはずだ。


「え? う、嘘よ、だってアヤに『力を抜け』とか『見てるだけ』とか絶対に、その、そういうことを……やってるって、勘違いするでしょうが!!」


「え? 操作に慣れてなくて間違えて駒とか動かしちゃうから星明が力を抜けって言っただけだよ咲夜?」


 綺姫はスマホのタップ操作中、画面に爪をぶつけたり細かい操作をする時に意外とミスが多く力加減を間違えてプルプルしている。その姿が実に可愛らしい。


「浅間の言う『見てるだけ』って、もしかして打ち方や戦略を教えないで俺が見てるだけと言った話か?」


「なっ、何よ、何なのよあんた達は!!」


「てか咲夜、アタシも星明も近くで話してたから普通聞こえないんじゃ?」


 綺姫の言う通りで、それこそドアに耳でも付けて聞き耳でも立てていないと聞こえないだろうと言うと浅間は顔を真っ赤にして逃げ出した。一体何をしに来たんだろうか、そしてそれが判明したのは俺たち二人の休憩明けだった。




「え? 俺たちでホテルの方に?」


「そうなの、さっきモニカさんの使いの人が来てね」


 どうやら帰る前に最後にアルカ君が会いたがっているそうだ……主に綺姫にらしいのだが。子供だと思って侮っていると綺姫が……いやいや小学生に上がってすらない相手に何を考えてるんだ俺は……。


「俺は反対だ。これから聡思くんと浅間ちゃんも休憩に入るし店が大変だと思う」


「ミカ兄? さっきまでお客さん来ないから暇だって言ってたじゃない?」


「い、いや……その、何が起こるか分からないしね」


 瑞景さんの言うことも一理ある。店番が二人の時に不測の事態に対応出来ないことは有るだろう。だからどうするか考えていたら聡思さんが口を開いた。


「大丈夫っすよ瑞景さん、せっかくだから行って来い星明、あと叔父さんが何か用が有るらしくて……ついでに聞いて来てくれ」


 今の時間帯は暇だから浅間と一緒に休憩時間を後に回してくれると聡思さんが言ってくれて浅間も同意してくれた。


「いや、だけどね――――「ミカ兄? さっきから変だよ、どしたの?」


 最後まで反対していた瑞景さんも最終的には店番は任せて欲しいと言ってくれたから俺達はそのままの恰好でホテルに向かう。そして何とかモニカさんとアルカ君たちの出発前に間に合った。


「綺姫お姉ちゃん!! と、お兄ちゃん!」


「アルカ君また今度ね?」


 あ、こいつ絶対に俺の綺姫を狙っていると男の本能いや直感で理解した。その子供の姿をモニカさんは、こんな所は父親に似てと苦笑していた。何か思う所が有るのだろうか?


「ではお二人とも主人と義母は昨晩、喫緊の用事で戻ってしまったので私たち親子だけの挨拶となりますが、ご容赦を」


「いえ、むしろ色々と、その……」


「気を遣わなくて大丈夫です葦原さん、この度は本当にお世話になりました」


 メイドの優雅な礼ですと言って無駄に威厳のあるカーテシーを俺たちに見せると車に乗って行く。アルカ君は最後まで綺姫を見ていたがモニカさんに連れられ車に押し込まれると妹のマリヤちゃんと車内で手を振っていた。


「行っちゃったね……」


「ああ、何だか謎の多い人達だったけど悪い人達じゃ無かったね」


 俺は自然と綺姫の手を取っていた。理由は分からないけど不安な感じがして、だから手を握り返してくれたのが嬉しかった。




 そして最後に受付で係の人間から聡思さんの叔父さんからの荷物を受け取り帰ろうとしたタイミングで不意に後ろから声をかけられた。


「おい、お前……星明か?」


「えっ?」


 後ろを見なくても冷たいその声の主を俺はよく知っている。願わくば二度と会いたくなかった相手だ。


「返事をしろ、星明だな? こんな所で何をしている?」


「っ!? はい……お久し、ぶりです。父さん」


 意を決して振り向くと三年振りに見た父の葦原 建央たけおは昔と同じように俺を睨み付けている。あれから背は伸びたせいか目線の高さは同じくらいで昔ほど威圧感を感じ無いのだけが幸いだった。


「えっ? お父さんって星明の?」

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