第63話 トラウマと過去 その3
「ろくな話じゃ無さそうですけど一応は聞きます」
「港に泊まってる船は知ってるか?」
「ここに来る途中に見ました、豪華客船という話ですが?」
たしかホテルで行われるパーティーの参加者を、ここに送り届けたという話だったが明日で日程も終わりだし後は帰るだけだろうか?
「ああ、ホテルでパーティーが終わった後は、あっちで別なパーティーが有るんだ」
「へえ、それで俺に何の関係が?」
今度は豪華客船か……まったく俺達が必死こいてバイトしているのに豪勢なことだ。羨ましいというより腹が立つ。
「俺はナナの護衛で取引が有るんだけどよ、おっと中身は聞くなよ? そんでパーティー中は船内は賭場いやカジノになんだよ」
その言葉を聞いて俺は一瞬で判断した。熟考する余地など不要だ。
「お断りします」
「まあ聞け、ギャンブルしろだなんて言わねえよ、お前にはチェス打って欲しいだけだ、お前かなり強かったよな?」
昔まだ俺が家にいた頃それこそ両親も円満で俺も病気じゃなかった時は休みの日には父に教えられていた。あの頃は楽しくて毎日打っていたが近所の子供はチェスなんて誰も出来なくて相手は父ばかりで、いや、そういえば一人だけ教えた子がいたような……そんな懐かしい思い出だ。
「前にも言いましたが
「金持ち相手に賭けチェスの相手だ……わざと負ける形でな?」
「なるほど……イカサマ試合ですか」
「ああ、一試合負けるだけでお前に100入る」
100万だと有り得ない額だ。前にジローさん本人が賭け試合の分け前は20が良い所だと言っていた相場はもっと低いはず……そうか、だから俺にこの話を?
「っ!? 冗談……では無いんですよね?」
「え? 100円ならアタシでも……実は少し出来るんだよ!!」
綺姫は可愛いな……でも額が少々違うんだ万円が抜けてるからね。残念だが気が散るし静かにしてもらいたい。そんな俺の思考を読み取ったのか海上が動いた。
「アヤ静かにしてな、葦原、連れてくよ?」
「そうだね綺姫ちゃん、今は向こうに行こうか」
「えっ? えええええええ!?」
いいタイミングで瑞景さんも入って二人は綺姫を両サイドから挟むと浅間たちの方に引きずって行く。なおも後ろの方で「ほんとだよ、少しだけ出来るんだよ」と言っていたから後でスマホのソフトでも教えてあげよう。
◆
「話は分かりましたが……」
「まあ無理にとは言わねえ……だけど考えておいてくれや」
七瀬さんも虫の居所が悪くて後で愚痴られそうだから助けてくれと言われ俺は考え込んでしまう。確かにうまい話で俺にとって渡りに船だ。だが話がうま過ぎて何か裏が有るとも思う。
「さすがに即答は……」
「ああ、偉いぞ俺を含めて皆を疑え、それも生き残るコツだ。ちなみにカジノは夜の11時から翌朝の4時までだ」
それだけ言うとジローさんは迷惑料だと言って1万円札を10枚置いて退店した。俺が付いて行こうとしたら外の車で戻るからと見送りは断られた。
「まあ、一応は俺が行くよ」
「瑞景さん、なら俺も」
だが先ほどのこともあって瑞景さんは警戒しているようだ。何か騒ぎになったら危険だし俺も行こうとしたが再度「大丈夫だ」と断られてしまった。
「それに星明くんは今の話を聞きたそうなカノジョが待ってるよ?」
「ほ~し~あ~き~!! さっきの話アタシにも教えてよ~!!」
先ほど邪険に扱ったせいか少し恨みがましい上目遣いで俺を見て来る綺姫は最高に可愛かった。俺がそんな綺姫を放っておくなど出来るはずが無い。
「う~ん、少し難しい話だし……」
「ダメ? なのかな?」
正直な所、ヤクザの関わっている金持ちの集うパーティー、それも裏カジノの話なんて綺姫に話すのは抵抗が有るが俺が彼女の頼みを断るなんて不可能だ。だって好きな人のお願いは無条件で聞いてしまうだろ?
「この雰囲気で気付かないのは芸術よね……それよりミカ兄おそくない?」
海上が呟きながら瑞景さんが戻って来るのが遅いのを気にしていた。見送るだけなら一分もかからないだろうし、やはりトラブルかと思ったらカランとドアが開いて普通に戻って来た。
「ごめんね、車のキーを落としたみたいで駐車場を一緒に探してたんだ」
「そうですか案外ジローさんも抜けてるとこ有るからな」
そんな感じで色々あった激動の一日は終わった。今夜は綺姫に七瀬さんとのことを含め色々としなくちゃいけない話が山積みだと考え注意力が散漫だった。だから変な動きに少しも気付けなかった。
◆
――――???視点
「お疲れ様です、お二人とも特に七瀬さんは迫真の演技でしたね」
「そう? レナってヒス女のマネなんだけど、上手くできてた?」
「ああ、アカデミー賞もんだぜ~、ナナ」
先ほどのあれは全て二人にお願いしてもらった演技だ。これは星明くん達を裏カジノへ導くための布石。二朗さん達に義理と恩義が有る星明くんと七瀬さんと言う爆弾を見た綺姫ちゃんの心は、かなり混乱しているはずだ。
「そこに上手い話を二人に聞かせ……踏ん切りが付かないようならテメーが発破をかけると……相変わらずエグいな千堂も」
「今時珍しく良い子だから騙すのも煽るのも良心が痛むわ、ほんと」
反社風情が痛む心が有るものかと内心思うが僕は二人を冷静に見る。先ほどは良いアニキ分を演じ星明くんの警戒心を取っている辺りヤクザが昔からやる餌付けに彼は完全に騙されている。所詮は裏を知った気でいる金持ちの元ボンボンか。
「そうですか……では戻らないとバレそうなので、これで」
「じゃあ明日の取引は頼むぜ、千堂グループ第二情報室の
「はい、それでは失礼します、ただ一つ忠告を例の夫妻、特に黄色の妃にお気を付けを……上からもイレギュラーだと報告が」
「おう、ま、俺らは専門外だから任せるよ」
このやり取りの後に僕は何食わぬ顔で店に戻った。そして店内で綺姫ちゃんに迫られ白状し始めた星明くんを見て作戦の成功を確信した。恋人やその友人を騙して僕は最低だなと自嘲する……でも、これも仕事だ。
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