第62話 トラウマと過去 その2


「ううっ、アタシの星明が~」


「綺姫こっちに」


 衝撃的な事実に打ちのめされていた私を誰かが引っ張り温かい腕の中に包み込んだ。あっ、これ星明の匂いだ……安心する。


「ふへへ、星明~」


「よし、もう大丈夫だよ綺姫……二人とも俺の綺姫が悲しんでますので、どうかこれくらいで」


 いつもより強く抱き締められてるのが分かる。でも星明の腕が少し震えていて怯えてるのも分かった。星明……また私を守るために戦ってるんだ。


「へぇ……そうなんだ、ふ~ん」


「うっそぉ……」


 星明の腕の中から見た二人は先ほどまでの意地悪な顔から一変して素で驚いた表情をしている。どうしたんだろうか? という私の疑問に答えが出る前に横合いから怒鳴り声が聞こえて星明と一緒にビクッとした。


「だぁ~から言ったろうがメスガキ共!! 男取られたぐらいでギャーギャー騒ぐなんてみっともねえ、わりいなセイメーそれと嬢ちゃんも」


「ジローさん……」


 星明が呟いて私も今の怒鳴り声がヤクザ屋さんのジローさんだと理解した。そういえば凄い怖い人だったんだ……この人って、前も酷い理由で星明が殴られてたし。


「勘弁してやってくれ、こいつらも余裕そうに見えて内心じゃセイメー取られて顔真っ赤なんだ、特にナナは嫉妬深いからよ、な?」


「は? 二朗兄さん大概にしたら? 組の金を誰が稼いでると思ってんのよ!!」


 でも驚いたのは二朗さんに七瀬さんが文句を言い出したからだ。そんな怖くて口答えなんて出来ません。相手はヤクザ屋さんだよ私を捨てた両親もヤクザと警察は怖いから関わり合いになるなって良く言ってた。


「オメーこそいい加減にしろ、学費に留学の金は組の上がりで行けてるのを忘れてんじゃねえ」


「そんなの今すぐにでも返す、時価総額いくら有ると思ってんのよ!!」


 先ほどまで余裕な態度だった七瀬さんが急に怒り剥き出しだ。星明も驚いたようで小声で七瀬さんがここまで怒ったのを見たのは初めてだと言った。普段はもっと冷静で、こんな姿見たこと無いらしい。


「はっ、逆ギレなんて情けねえ、それで天才現役JDトレーダーとか笑えるな~、ちなみに金は返さなくていいぜ? お前への貸し、ああテメーら流で言えば投資か? それはタイミング見て四門に取らせる。で? 俺ら後ろ盾スポンサーを同時に相手して、ま~だ文句有るかガキがよ」


「ぐっ、時代遅れの極道風情が……」


「その極道の関係者が……オメーだよ、ナナ?」


 そう言って最後に二朗さんは七瀬さんの頭をワシャワシャ撫でていた。心なしか七瀬さんの目が潤んでいるように見える。それを私と星明は口を挟むなんて無粋は出来ずに黙って見ていた。



――――星明視点


「ま、まあ悪かったわねセイメー、それと天原さん? も」


「い、いえ……大丈夫です。綺姫も良いかな?」


「うん、もう大丈夫……」


 一応は落ち着いた両者を見てホッとする。俺にとって綺姫が一番大事だが七瀬さんが恩人なのは変わらない。ここまで生きて来れたのは親のお陰じゃなくて二朗さんや七瀬さんの助けが有ればこそだ。


「ケジメ付けさせた側としちゃ、今さら身内の揉め事に巻き込む訳にはいかね~からよ……ま、表の世界に野暮はしねえ」


「ま、裏は裏で良いこと有るじゃないジローさん?」


 クー姉さんがよしよしと頭を撫でていて「うるせー」言ってる姿は恐ろしさとは無縁に見えるが実際は先ほど見た通りで油断ならない相手だ。その点をわきまえて注意すれば問題無い。


「それにしても気迫が凄い。さすがは蛇王会のナンバー4いや元蛇塚組の鉄砲玉、『赤楝蛇ヤマカガシのジロー』と、お呼びした方が良いですか?」


 その空気に水を差したのは瑞景さんだった。しかも聞いたことの無い単語だらけだが一つだけ知っている単語が有った。それは『蛇塚組』、十年以上前に組長が逮捕され解散したヤクザ組織でジローさんがいた組の名だ。


「懐かしい話じゃねえか、やっぱり関係者か雰囲気がただのガキじゃねえしな、真っ先に来た時から変だと思ってたぜ?」


「それはお互い様です。こちらとしても千堂に縁の有る者として出方を伺っていただけですよ?」


 今の瑞景さんの言葉に俺は、とある有名な大企業のグループを思い浮かべるが、まさかなと思っていたら七瀬さんが俺の疑問を解消するかのように食い付いた。


「千堂って……千堂グループの関係者なら分が悪いわ二朗兄さん」


「わぁ~ってるナナ、下手に手を出したら破滅だ、それこそ組長バカの二の舞だ。だが舐められたままなのは癪にさわる……一発くらいなら良いだろ?」


 気のせいかジローさんの体から闘気のようなものが見えた気がした。そんな錯覚が起きたのは気疲れかストレスだろう。今日は一生分のストレスが俺を襲った感じだからな。


「普通に勘弁して下さい。挑発したのではなく飽くまで自分の立場を示しただけですので、お互いに『S市動乱』の二の舞は御免では?」


「はっ、違いねえ……あの組長バカの博打に付き合わされて俺らは散々な目にあった訳だしな、礼は言っておくぜ、えっと瑞景くん?」


「はい、それに星明くんと綺姫ちゃんを見て思いました。過去は関係無いってね?」


 何だかよく分からない内に決着が付いた。しかも俺と綺姫はダシにされている訳だが実際こんな所で喧嘩なんて起きたらバイトも全部台無しになってしまうから穏便に片付いてホッとしている。


「そうだな、そう言えばセイメー、嬢ちゃんに使った分の金を作る手段は出来たのか? 出来てないなら少し面白い話を聞かねえか?」

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