第七章「夏の終わりと二人のカンケイ」

第61話 トラウマと過去 その1


「――――という感じで俺はそこで綺姫に……一目惚れして勢いで彼女の借金を返済してたんです」


「なんつ~か、さっきも横で聞いてたけど改めて聞くと凄いなお前、ますます俺が小さく感じて来たんだが……」


 聡思さんの言葉も上の空で俺は自分の記憶と話した内容に齟齬が無いか、何より目の前の七瀬さんに嘘がバレないかが不安だった。


「さっきの話と少し違ってるわね、何かを隠しながら話してるのかしら?」


「いいえ、女性と男性で話す内容を変えただけですよ」


「ま、そういうことにしておいてあげる」


 本当に油断も隙も無い。まるで試されているみたいだ……いや違う実際に疑われて試されているんだと理解しろ。この人の前では、もう昔のように油断することなんて出来ないんだから。


「とにかく、その……俺が綺姫を好きなのは本当で、だから彼女を助けたんです」


「あのセイメーがねえ、ちょっと違和感~」


 七瀬さんは無言で俺を見定めている感じがする一方でクー姉さんは本当に不思議そうな顔で俺を見つめて来る。この顔に昔は弱かったけど今はそうでもないのが少しだけ不思議だった。


「ま、心境の変化も有るでしょうし理解したわ、それより君、八上くんだっけ?」


 ここで俺のことに興味が無くなったのか他の二人と全く別の動きをしたのが橘姉さんだった。だが、この人の普段の行動パターンを考えれば事前に防げたはずだ。


「は、はい……何すか?」


「君から、そこはかとなくエムの雰囲気を感じるわ、実に良い」




 一瞬その場の全員が沈黙した。隣で話していたジローさんと瑞景さんですら俺達の方を見た。だがジローさんは発言者を見て納得したのか俺を見て視線をそらすと見て見ぬふりをしやがった。


「マズい……橘姉さんの悪い癖が!?」


「悪い癖? ただの実験サンプ……いえ少しお話がしたいだけよ、さっきとは違う特別な話をしないかしら……そう個人的なね?」


「お、おい……星明なんかマズい感じが……でも」


 嫌いじゃないとか言ってるけど普通に危険だ聡思さん。橘姉さんは夜の街に来るまで大学で性知識関連の研究をしていた元研究員でマゾヒズムの研究のために研究室の全員とプレイしたせいで研究室を追放された人だ。サークルどころか研究室を潰しかけた人なんだ、その人。


「へ~、八上くん? サキに目を付けられるなんて相当ね凄いじゃない?」


 確かにこの人に目を付けられたのは凄いと思うから嘘は言ってませんね七瀬さん。いい加減にしろよ師匠。


「それに話を聞いてれば色々と良いことが待ってるかもね~?」


 良いことの中身が問題なんだよクー姉さん。橘姉さんの暴走に勝手に連携して二人が後押しするコンビネーションは完璧だ。だから俺は海上を見たが何と無視された。てか正確には俺の方を見てなかった。


「そ、そうですか……ま、まあおとこ、八上聡思!! その程度なら喜んで!!」


「そう、じゃあそこに跪いてね」


「へ? え?」


 いつの間にか靴をヒールに履き替え準備万端な様子で時既に遅し、しかも海上は橘姉さんの横で無駄に目をキラキラさせていた。


「うわ、こういうのって本当に有るんだ~、すっご~」


「さっきから興味が有るのかしら、えっと……」


「海上珠依たまえです。橘さん」


「サキで良いわ、あなたは私と少し似てそうね海上さん?」


 なぜか意気投合してるし、こいつが常識人枠だなんて思っていた時期が俺にも有りました。そして一人になった俺は本当に綺姫との治療の効果が出ているのか確かめると言われ二人に迫られて抱きつかれ動けずにいた。


「止めて下さい、海上も助けてくれ!! 綺姫にこんなとこ見られたら」


「う~ん、まあ私も少し興味有るしね本当に効果が出てるのか、ま、中間試験ってことで、それにタイミング良く二人が来るわけ……」


 だがバックルームに続く廊下のドアが開いたのは、そのタイミングで出て来た二人は俺たちの姿を見て悲鳴を上げていた。



――――綺姫視点


「話は分かりました……それで星明に抱き着いてたのは許してあげます」


「いよいよ目も据わって来た、うん得点高いよあんた、セイメーには少しもったいないかも」


 目の前の七瀬さんは満足気に私を見て言う。何となく夜の街で最初に会った女性、たしかレナさんって呼ばれてた人に似ている気がする。


「ま、私は弟みたいな子に彼女が出来るのは少し複雑だけどね、でも綺姫ちゃんみたいな子がセイメーには良いのかも」


「その、何で皆さんは星明のことセイメーなんて呼ぶんですか? ちゃんと名前で呼んであげた方が」


「防犯対策の一種だったのよ……最初はね」


 夜の街で生きるためには色々と規制が付き物で本名バレなんてのはNG中のNGだったらしい。特に十代の子供には危険過ぎた場所だから偽名のように使わせ気付けばそれが普通になっていたと七瀬さんは語った。


「そうだったんですか」


「最初に私が教えた事よ懐かしいわね、もう三年か、そんで次に教えたのは女の抱き方とか扱いで後は株とか夜の街での生き方ね」


「へ?」


 ただのバイトの師匠だって星明は言ってたような気がするんですけど今凄いことを言われたような気がする。でも普通に美人さんだし当然なのかな。


「サラッとマウント取るナナちゃん小姑ポイント高いよ~、レナさんも毎回そのことで文句言って来るもんね、初めては自分が欲しかった~って」


「ど、どどどど、ど~いう意味ですか!?」


 さらに菊理さんの追加の情報に私は完全に思考停止して今の言葉の意味を理解するのを拒絶したかったけど最悪のタイミングで七瀬さんと目が合った。


「ああ、アイツのチェリー食ったの私よ、てか半分事故だけど」


「ほ、星明の、星明のドーテーが取られたああああああああ!!」


「あ、綺姫っ!? 何を言ったんですか七瀬さん!! クー姉さんも!!」

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