第60話 災難は続くもの その3


「お~、これマジギレじゃない、信じられないけど本当みたいねセイメー」


「七瀬さん、これ以上は……クー姉さんも!!」


 二人の女が同時に私を見ると驚いた後にニヤリと笑って何事も無かったかのように再び星明に抱き着いた……私の星明に……許せない。


「え~久しぶりのセイメー成分補充させてよ~」


「ダメですから!? とにかく離れて下さい!!」


 おのれ黒髪女め甘えた声出して私の星明に抱き着くな。これで星明が少しでもエッチな顔してたら別だけど本気で焦ってるから症状の心配してるに違いない。夜の街の人なら分かっているはずなのに……なんでこんなことを!!


「そ、その……こっ、恋人のアタシの前で、何してるんですか!!」


「う~ん、本気ガチみたいだよナナちゃん?」


「そうね、じゃあセイメーの方は納得したから次はそっちを面接するから来なさい」


 すると星明は二人に解放され戻って来た。ほっぺに付いた赤いルージュのキスマークを素早く拭き取った後にティッシュを丸めてゴミ箱に投げると私は目の前の女二人を睨み付ける。


「きゃ~、こわ~い!! でも聞いてた感じより強気ね噂の泥棒猫ちゃん、こりゃレナさんも怒り狂うわけだ」


「泥棒……猫ってアタシのことですか?」


「ええそうよ、夜の街のアイドルのセイメー、私たちの可愛い弟を奪っちゃったんだもん、そりゃ泥棒猫でしょ?」


 こっちに手招きしながら笑っている黒髪女はおかしそうに私を見て言う。隣の七瀬さんって人も話が有るようで直接対決だ。星明が珍しく弱気で少しかわいいと思ってしまうが今は決戦、悪い女共から星明を守るんだ。



――――星明視点


 どうしてこんな事になってしまったんだと俺は数十分前の自分の迂闊さを呪いながらも今の状況を割と楽しんでいる海上を睨む。それで何を勘違いしたか彼女は踏ん付けている橘姉さんと踏まれている聡思さんに声をかけていた。


「あ~、えっとサキさん、そろそろ止めて下さい。ウチの親友が完全に脳破壊されちゃってるんで」


「あはは、聡思兄ぃが……私の、あぁ……」


 見るに堪えないとは正にこの事で浅間には散々な扱いを受けては来たが、こうなってしまうと少し憐れな気がして来た。


「え? 私は普通に営業してるだけなんだけど……ま、客のプライベート壊したら元も子もないか、では八上くん今日はこれくらいで」


「はっ、はい……すげえ、あっ、か、金とか出さなくていいんすか!?」


 聡思さんは咄嗟に財布を取り出そうとするから意味は分かってるようで意識が半分飛んでる浅間に今のやり取りが見られてないで本当に良かったと思う。


「今回はお試し&セイメーの友達だしサービスよ」


「星明!! 俺たちずっと親友でいような!!」


 なぜか数日で同性の、しかも年上の親友が出来た。ボッチだった俺には凄まじい進歩だが横で完全に魂が抜けている浅間を見ると何とも言えない気持ちだ。


「そ、そうすっね」


 何でこんな事態になったのか俺は一度、数十分前のことを振り返る事にした。海上と戻ってすぐ、聡思さんは完全に三人に遊ばれていて反対に瑞景さんとジローさんは神妙な顔で話し合っていた。




「お待たせしました、皆さん」


「もう、セイメー久しぶり~、最近見ないから、みんな心配してたよ」


 まず最初に動いたのは綺姫と夜の街で出会う直前に色々とお世話になった菊理さんことクー姉さん。この三人の中では一番相手をしやすい人だ。


優良客あんたが来ないから街でも噂になってるし、ジローさんも「辞めた」って言うだけで気にしてたのよ」


 次に来たのは聡思さんと話をしていた橘姉さんだ。この業界では珍しく名前を隠さず仕事をしてる人で本名が橘 沙樹さきさん。しかも夜の街で働いている理由も借金などの金銭問題では無い人だ。


「挨拶にも行けず、すいませんでした」


「ま、ジローさんに今まで出入りしてた方が異常だったって言われて、納得してたら旅先で会うなんてね~、ナナちゃんに付いて来て正解だったよ」


 そもそも二人以上に謎なのが七瀬さんだ。この人は八岐金融の例の三人の更に下の末っ子で現役の大学生で去年の秋から渡米していた。それが帰国するとはジローさんに聞いていたが、あのホテルに宿泊していたなんて驚いた。


「ま、私はターゲットとやっと接触出来たからアプローチしようとしたらアンタが居たのよセイメー?」


「七瀬さん、昼はどうも……あの夫妻がターゲットですか?」


「夫妻って……へえ、あんた本当に何も知らないのね。じゃあマジで偶然なんだ、ま、良いわ、それより今はアンタの話よ」


 そこで俺は三年間で稼いだ金の使い道や今までの経緯を根掘り葉掘り聞かれる事になった。他の二人やジローさんはともかく俺は七瀬さんには嘘は付けないから綺姫との契約関係について以外は全て正直に話した。


「――――と言う訳です。なので……」


「はい、ダウト」


 七瀬さんは先ほどまでの表情からガラリと変え現役の天才トレーダーとしての厳しい顔で俺を見て断言した。


「え?」


「あんたが人を好きになる? 冗談でも笑えないわ嘘はもっと上手く付きなさいって前に教えたわよね、バイトでもベッドの中でも、ねえ二人とも?」


 七瀬さんの言葉に頷きながら苦笑するクー姉さんと橘姉さんだが意見は同じようで両者とも同意していた。


「まあ、ナナちゃんの言うことは分かる……かな」


「そうね、それこそレナが積極的に動いたのに落ちないあんた異常だったからね」


 そんな俺達の会話のせいで完全に蚊帳の外になっていた聡思さんがハッとした顔をしてポツリと呟くように口を開いた。


「なあ、星明……お前って何か病気なのか?」


「あっ……」


「やっば、すっかり忘れてた葦原」


 海上の言葉で普通にこの人にだけ何も話してないのを忘れていた。浅間に事情を説明したから聡思さんにも話していたと勘違いしていた。そこら中で嘘を付いて来た弊害がここで出て来るなんて迂闊過ぎだ。


「えっと、それは……」


「サキ、そっちからボロ出そうだから攻めちゃって」


「七瀬さん!! 聡思さんは!?」


 俺が止めようと動くが既に橘姉さんは聡思さんとマンツーマン状態になってしまった。相変わらず動きが早い、それでも無理やりでも引き剥がそうとした俺に聡思さんが自ら橘姉さんから距離を取って言った。


「まあ、聞かれたくないなら俺は遠慮しますよ、お姉さん方、一応はコイツのダチなんでね?」


 そこで橘姉さんの胸の谷間にガッツリ視線が行って無ければカッコ良かったんですけどね聡思さん。でも想いは本当だし覚悟は決まった。


「話しますね俺のこと、俺の過去も……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る