第58話 災難は続くもの その1
「取り合えずセイメー、ドライバーが疲れてるから何か飲み物お願い」
「ビールねえかビール、
飲み屋じゃないんだから本当に止めて欲しい。だけど実は有るんだよな……ここって腐っても海の家だから生ビールだけは有るんだ。
「あ~、生なら有りますよ」
「じゃあそれな、あとツマミねえか?」
なんか調子に乗り始めたな夜の街&ヤクザ一行め……ま、今日は客だしジローさんも疲れてるからと思って綺姫と一緒に軽くやり取りして振り返ると瑞景さん以外の三人が固まっていた。
「え?」
「どうしたの皆?」
俺と綺姫が不思議そうに海上や浅間を見て言うが二人は焦った顔で手招きするとバックルームに俺達を連れ込んだ。
◆
「何なのよ、あの連中……明らかにヤバくない?」
「そうよ、どんな関係なのよ!!」
浅間と海上が問い詰めるように言うが、しかし声は抑えて表に聞こえないようにしてるせいで少し面白い。そんな声に俺と綺姫はそれぞれ答えていた。
「ああ、俺のバイト先の関係者で……」
「アタシの家の元借金相手かな?」
特にジローさんと七瀬さんには仕事で世話になった。俺が自立する準備のための知識は二人から教えられたものだ。もし綺姫と出会っていなければ今でも俺は夜の街で二人と仕事をしていたかもしれない。
「どういう繋がりなのよ!! 素で怖いんですけど!!」
なんて俺の感傷はガン無視で海上の動揺の仕方が珍しく怯えに近くて驚いた。浅間も本気で動揺してるから俺も少し考え、そして今さらながら気が付いた。
「そうか二人はヤクザと会うのは初めてか、確かに最初は怖いからな」
「あ~、なるほど~、アタシも最初は怖かったよ」
俺も初めて会った時や綺姫の件で殴られた時は怖かった。あの時は本当に恐怖が体を支配していたのに喉元過ぎれば熱さ忘れるとは言ったもので、今では綺姫との出会いの1ページに過ぎない出来事だ。
「あんたら価値観ぶっ飛んでんのよ!!」
「タマ落ち着きなよ、学校ではもっとドンと構えてるのに~」
「あのねえアヤ、ここは学校じゃないし頼れる大人も居ないのよ!!」
それはその通りだ。だが海上って見た目が黒ギャルで頭は金髪に染めてるから常識が無いと勝手に決め付けていたが、俺たちの中では一番の常識人なのではと思っていたら綺姫が口を開いていた。
「大丈夫だよ~、だって……星明がいるもん」
「綺姫……君が頼ってくれるなら、俺は……」
「あ~、もうっ!! 何でこの状況でイチャ付けんの!! それと咲夜は急にどうしたの二人にはバレてんだから正直に言いな!?」
俺と綺姫を見て急にテンションがダダ下がりになった浅間へ俺達の視線が集中すると死んだ魚のような目を向けて彼女は口を開いた。
「聡思兄ぃが……茶髪の髪長い女の胸の谷間ガン見してた……ううっ」
「ああ、橘姉さんか、確かに胸は……い、いや何でも無い」
俺が橘姉さんの話を口にした瞬間、綺姫の目付きが一瞬だけ変わったような気がして俺は咄嗟に口を閉じた。何だ気のせいか……天使のような綺姫が般若みたいな形相になるはずが無いからな。
◆
「取り合えず事情は分かった、てかアヤから少しは聞いてたし」
「あっ、その……星明、アタシ勝手に秘密を、その……」
海上の言葉に綺姫の口が重くなるのが分かった。俺がジローさんや夜の街について説明をしたら返って来た海上の返答を聞いての反応だ。だけど俺には怒りなんて1ミリも湧かなかった。
「良いんだ綺姫、そもそも俺の病気や裏バイトが原因だから」
「で、でも……アタシ」
「それに俺のためだよね?」
海上と浅間が俺の部屋に来るようになってからの違和感。それは俺との適切な距離の取り方が完璧だったことだ。俺は病気だと話しただけで詳細な中身は話していなかった。あの時感じた違和感はこれだったんだ。
「ち、違うよ、タマに誘導尋問されて……バレただけだよ」
「でも、その後に詳しく事情を話して二人に協力を頼んだんじゃないかな?」
俺の知っている綺姫なら絶対にそうするはずだと確信が有った。だから二人は俺の部屋に来て数日だったにも関わらず適切な距離を取れていた。そして決め手は浅間が近付き過ぎて俺が怒鳴ったことだ。あの時の浅間なら逆ギレしてもおかしく無いのにアッサリ謝ったのは変だ。
「あれも浅間が事情を知っていたから事故にも揉め事にも発展しなかった。ぜんぶ綺姫の気遣いのお陰だ」
「で、でも星明との約束を破った……それはダメ、だよ」
「ダメじゃない結果オーライだから許すよ、それに君になら俺は……」
全財産いや、俺の全てを渡しても惜しくない。そう思うと気付けば俺は綺姫を抱きしめていた。そのまま向き合うと目に涙を浮かべる彼女には泣いていて欲しく無いから目元の涙をそっと人差し指で拭った。
「っ~~!! 星明……ごめん、それとありがと」
「綺姫には……もう泣いて欲しくないから」
彼女の目は潤んでいて、まるで本当の恋人のような錯覚してしまうくらい、その笑顔は美しかった。
「こいつら普段ポンコツな癖にスイッチ入ると怖いくらい恋愛偏差値上がるわね」
「いいな~私も聡思兄ぃと……あっ!? それより店!!」
その言葉で俺も今の状況を思い出すと名残惜しいが綺姫を腕の中から解放した。気のせいだろうが綺姫も離れたくないように見えた気がする。これは流石に俺の自意識過剰でキモいな……そんな考えを振り払うように海上たちに向き直る。
「二人とも、あの四人の相手は俺に任せて欲しい」
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