第六章「バレていく二人のカンケイ」

第51話 バイトと出会いと進展と? その4


「では本当に迷惑をかけたようだな……こいつは後で説教しておく」


 あれから一時間ほど滞在し体調の落ち着いた貴婦人いや、秋奈さんの様子を見て息子さんとメイドさんもホテルに戻ると言った。


「迷惑などかけていませんが? ねえ綺姫さん?」


「そうですよ~!! 最初は怖いと思ったけどモニカさん凄い丁寧でお姉ちゃんみたいでした!!」


 私は一人っ子ですけどと言って笑っている綺姫を見ると自然体で本当に楽しかったんだと思う。思ったより嫌な人じゃなくて安心した。


「ふっ、メイド道とは厳しさと優しさを内包したものなのですよ」


「まぁ、口うるさいのは変わんないんですけど~」


 その横でブツクサ言っているのは浅間だった。あれから浅間と聡思さんはモニカさんに短時間で最低限の紅茶の淹れ方の手ほどきを受けていた。


「ほほう、弟子二号は口の悪さは治りませんでしたか」


「勝手に弟子にすんな!! じゃなくて、しないで下さい」


 何だかんだで上下関係は出来てしまったようだ。


「まあ、あなたもツンケンばかりしていたら大事なものを無くしてしまいますから、ほどほどになさい」


「うっ、それは……」


 そう言って聡思さんの方を見ているのはバレバレだ。あれで本人以外には分かっているのだから面白い状況だと海上に話したらプルプル震えていたが体調でも悪かったのだろうか?


「それに世の中には構って欲しくて失敗し嫌われるような例も有ります。例えば好きな人の寝起きに爆薬を設置して嫌われるなんてことも有りますからね」


 そんなもんは普通に無いからとモニカさんの言葉を聞き流していると横の旦那さんがこめかみをピクピクさせている。冗談だよな……今の笑うとこだよな。実際、秋奈さんはにこやかに笑みを浮かべているからネタだとは思うけど。


「じゃあ二人とも車も来たようだから先に行っててくれ、すまないが支払いをしたいんだけど良いかな?」


「は~い、じゃあアタシが!!」


 綺姫がレジに立つと気になり俺は店内に残り海上たち四人がモニカさん達を見送りに外に出た。


「じゃあこれで頼むよ」


「あっ、えっと……」


 困惑する綺姫の方を覗き込むと旦那さんは赤と青のラインの入った謎のカードを出していた。これでも株関係のバイトを覚える際に多くの種類のカードは覚えさせられたのだが見た事が無かった。


「ああ、悪い日本ではこれはまだ使えないか、じゃあこっちで」


 だが、この店には実はそんなこと以前に別の問題が有った。


「すいません、うちの店のレジってカードに対応してなくて」


「そうか……じゃあ現金か、久しぶりに日本円を使うな~」


 外国での生活が長いのか、そういえば嫁のメイドさんも明らかに日本人っぽくない名前だ。そんなことを思っていると旦那さんが支払いを済ませている最中に急に俺の頭痛が増した。


「んっ!?」


「え? 君は……いや、それより気分が優れないのか?」


 旦那さんが何か呟いた後に俺の体調を心配してくれたが綺姫の手前、心配をかけたくないから大丈夫と誤魔化した。


「い、いえ大丈夫です」


「そうか……だが本当に君たちには家族が迷惑をかけた、何かお礼がしたいのだが」


「気にしなくて大丈夫ですよ~!! むしろモニカさんと料理のお話とか出来て楽しかったです!!」


「そうか、ありがとう、そういえば名乗るのを忘れていたな俺は――――」


 旦那さんが名乗ろうとした時にバタンとドアが開いて小さな男の子が入って来た。何だと思っていたら旦那さんの方にトコトコ寄って来て足に抱き着いていた。


「パパ~!!」


「アルカお前も来ちゃったか……こりゃ急がないとな、悪いけどこれで失礼するよ」


 お代を支払うと旦那さんは男の子を抱っこし「ママのとこに戻ろうな?」と頭を撫でていた。その顔は穏やかで本当の父と子とはあんな感じなのだろうと俺はどこか遠くの世界のように感じた。




「はぁ、何とか初日は乗り切った……」


 あれから特にトラブルも無く最後の閉店作業を終えると海上が椅子に座り込んでグッタリしていた。瑞景さん以外は全員が同じような感じで、これがあと三週間続くのかと思うと給料が高いのも頷けた。


「じゃあ飯食ってロッジに戻ろうか?」


「賛成です、じゃあまかないを温めますね」


 俺が立ち上がるとテーブルに突っ伏していた綺姫が弾かれたように起き上がって手を上げた。


「は~い!! それならアタシがやるよ星明!!」


「いや綺姫は調理担当で疲れてるだろうし、ここは俺が」


 綺姫の負担を少しでも減らす。それが彼女を守ることに繋がるだろうし何より俺が綺姫のためにしたいから。今日、俺は何も出来なかったからこれ位はしたいと思ったんだ。


「でも~」


「じゃあ二人でやれば? 六人分も有るんだしさ」


 すると横から口を出したのは浅間だった。目が合うと口パクで「一緒にやれ」と言っていたから俺は頷く。まさか浅間に援護されるなんて思わなかった。


「お前は手伝わないのかよ……ったく」


 だが聡思さんが今のタイミングでは余計なことを呟いた。浅間は俺たち二人で作業させようとしたから聡思さんの正論はここでは邪魔にしかならない。だが俺が動くより先に動いたのは、またも浅間だった。


「私は……私たちは紅茶を淹れるの!! 特訓の成果見せようよ聡思兄……だめ?」


 浅間は隣に座る聡思さんの目を真っ直ぐ見て言っていた。隣の綺姫が俺の腕に抱き着いて「チャンスだよ!!」とか呟いている……可愛い。


「ふぅ……分かった。じゃあ一緒にやるか、練習にもなるしな」


「うんっ!!」


 そこで俺と綺姫、浅間と聡思さんで別れて夕食の用意をしていく、だが今日の邂逅が俺たちの関係が色々と変わるきっかけになるなんて俺を含め誰も知らなかった。

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