第52話 自覚と自重の狭間 その1
初日から奇妙な珍客が来たりしたがバイトも四日で慣れ始めた。ホテルの方は例のVIP向けのパーティーを明日に控え忙しそうだが俺たちは逆に暇になったくらいで慣れるのにはちょうど良かった。
「今日も無事業務が完了だ、飯の用意は、じゃあ――――」
「私と聡思兄……さんでやるから!! 四人は座ってて!!」
こんな感じで昨日から浅間があからさまな態度で俺は苦笑していた。ちなみに用意と言っても綺姫や瑞景さんが用意した賄いを温めるだけで大した手間ではない。
「あそこまで行くと聡思くんも気付きそうだけどな……」
「まったくですね、鈍感なのにもほどが有る」
俺と瑞景さんが談笑していると正面に座る海上が盛大な溜息を付いて俺に向かって口を開いた。
「あんただけには言われたくないと思うけどね、葦原?」
「どういう意味だ海上?」
「わ~!! タマ!! そ、それよりも星明、今夜もあっちなの?」
なぜか慌てて話を遮る綺姫が気になるが何か隠したいに違いない。それを追求せず流した方が良いのも俺は分かっている。陰キャだからクラスの空気を読んで隠れていた経験から配慮も出来るのさ。
「こういう時は読むなっての……ガチでメンドイし」
「まあまあ、珠依……ここはね?」
「だけどミカ兄、あっちは何とかなりそうだけど、こっちはさ~」
何やら恋人同士でイチャ付いているようだから俺は綺姫の質問に答えることにする。綺姫が聞いて来たのは部屋割りの話で二日目以降、俺は聡思さんの方のロッジに寝泊まりしていて今日で三日目となる。
「星明そろそろ限界なんじゃない? アタシの出番だよ!!」
(もうアタシの方が限界だよ~!!)
「そうだね……だけど」
「だけど? アタシのことなら気にしないで!!」
綺姫は優しいな、それに義理堅い……だからこそ俺は彼女に相応しくなるために体だけの関係になる訳には行かない。それに今日は少し事情が有る。たぶん一日くらいなら大丈夫なはずだ。
「実はさ、聡思さんと瑞景さんと三人で今夜は話をしようってなってさ」
「えっ!? そんな……で、でも」
(ここで駄々っ子になったら星明に嫌われるかも……それに星明に友達が出来るのはいいことだし……だけど~!!)
綺姫が懇願するような目で俺を見た後に今度は海上に助けを求めるような視線を向けた。まさか綺姫が俺を求めてくれているのだろうか? いや違うな彼女は契約を果たそうと真摯なだけだろう。
「そんな話聞いてないんだけどミカ兄~?」
「実は二人が店外の清掃に出ている時に浅間ちゃんの提案でね」
実は浅間から今日は三つあるロッジの二つに別れて女子会と男子会にしたいと提案され、瑞景さんがアッサリ了承したから俺と聡思さんも同意していた。
「え? なんで咲夜が?」
(咲夜は聡思さんとイチャイチャしたくないの!?)
「な~る、分かった綺姫、今日は自重しな、あと葦原アンタ本当に大丈夫なん?」
「ああ、今日ぐらいは問題無い」
最近は綺姫のお陰で症状も落ち着いているし衝動も抑えられている気がする。それに三日前、例の珍客が来た時の頭痛以外は最近の俺の体調は
「じゃ、じゃあ明日は絶っ対に!! 一緒だからね星明!! だってアタシは星明のものだから!!」
綺姫の勢いに俺は頷いていた。同時に綺姫の言葉でこの優しさも義務感と同情それと後は金の力だと再認識させられる。彼女を無理やり縛っているから綺姫は俺に優しいんだ。そうに違いないと自分に言い聞かせる。
「ああ、じゃあ明日お願いするよ」
「うん!!」
だけど、この笑顔は夜の街で見た他の女の薄汚い笑みとは違って、まるで本当に俺のことを思ってくれてるように見えて……いや、止めよう。良い方向に考えて後で勝手に落胆して綺姫の優しさまで嫌な思い出にしたくない……やっぱり俺は弱い。
◆
「んでよ、お前ら付き合い立てなんだろ?」
「えっと……そうっすね」
男だろうが女だろうが実は恋バナというのは盛り上がる。最初は瑞景さんと海上との馴れ初めから始まり今は俺の番だ。
「咲夜から聞いたんだが、クソみたいな幼馴染から天原を寝取ったってマジか?」
「ぶっ、げほごほっ……聡思さん、それは……」
浅間の奴なんてことを……俺は寝取ってなんて……ん? 今さらながら俺は自分の状況を考えてみる。綺姫とは互いに打算と少しの勢いで契約を結んだ得難いパートナーだ。俺が勝手に好きになっているのは海上と瑞景さんしか知らない。つまり俺の片思いだ。
「なんか相当なクズらしくて名前すら出したくないとか言ってたな咲夜のやつ」
「まあ、今は身も心も星明くんが大好きなんだし良いんじゃないか? ほら飲もう」
それもそうっすねと二人は
「寝取ったと言いますが、綺姫はその幼馴染とは付き合う前でしたので」
「そうか横から実力で奪った感じか……すげえな、お前は……俺なんてさ」
そこで聡思さんはコップの中の飲み物を一気飲みすると別の缶を開けていた。思った以上に進みが早い。ちなみに俺は大人の飲み物には口を付けていない。前にジローさんに無理やり飲まされてから凄い苦手なんだ。
「聡思さんだって浅間にあんなに懐かれてるじゃないですか」
「ああ、だからアイツには余計にな……なあ二人とも、ワリーんだけどよ俺の愚痴聞いてくれないか、アルコール入ってなきゃ話せなくてよ」
半分酔っていながら聡思さんの目は真剣で俺と瑞景さんは黙って頷いた。
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