第45話 それぞれの事情とやらかし その1


「綺姫、手を離さないで」


「うん、星明」


 普通は夜の森の見回りを素人に任せるなんて危険だと思うだろう。しかし俺達が今いる場所は厳密には森の中ではない。道々に街灯が付いた散策コースで、その道をホテルの裏口から出て自分達のロッジまでを往復するのが見回りの中身だった。


「ま、夜だけど灯りも有るし、それにこんなに人がいるしね」


「ああ、VIPが来るとは聞いてたけど凄い警備だ」


 さらに大統領でも来るのかというレベルの警備で黒服さんがホテルの内外をウロウロしていて森の中でも三人一組で行ったり来たりしていた。八上さんの話だと二週間はこの状態が続くらしい。


「だから俺らの仕事は来週から来る宿泊客に合わせての見回りだ、今日は練習だから気楽に行こうぜ」


「てか陰キャ……じゃなくて聡思兄さん、これって見回りって言うより散歩じゃん」


 浅間の言う通り少なくとも来週からするのは夜の散歩になりそうだ。後から支配人に聞いた話だとホテル側も人員を出さなくてはいけない事情が有ったが正規の人員を割く余裕が無く、そこで雇われたのが俺達だった。


「組み分けはカップル二組と余り者二人でオーケー?」


「異議な~し!!」


 綺姫が答えると俺と瑞景さんも海上の言葉に頷いた。そして余り者の浅間と八上さんを見ると両者ブスッとした後に了承していた。明日は午前中に業者が来たり色々と大変だからと俺たちはロッジに戻ることになった。


「じゃあ明日は8時集合で、朝食はどうする?」


「そうね初日くらいは合わせよっか、アヤはどう?」


「うん、アタシも賛成!!」


 こうして三ギャルの決定で朝食で合流が決まると俺たちはそれぞれ用意されたロッジにカップルで戻ることになった。




「お客さんと同じロッジに住み込みなんて贅沢だね~」


「ああ、ただ週一でレポートを提出しなくちゃいけないのが面倒かな」


 実は森のキャンプ場の近くに点在しているロッジ群の中でも入口近くの三ヵ所は不人気で今シーズンは客が居ない。だから住み込みの俺達に与えられ冷蔵庫には一週間分の食糧まで付いて来た。


「使い心地の感想をって……最近もやったよね星明!!」


「うん、ラブホのレビューか、あんな感じでまとめなきゃね」


 実は待遇が良いのは他にも仕事が有ったからだ。今回もレビューなのだがサクラ、つまり思いっきり褒めまくったレビューを書くよう頼まれていた。これも仕事だと思いながら明日からの他の仕事の量も考えると少し憂鬱だ。


「明日から頑張らないと、喫茶店のバイトなんて初めてだから緊張するよ」


「大丈夫!! アタシ、コンビニ以外もバイトやったこと有るし!! 任せて!!」


「ああ、じゃあ……そろそろ電気消すよ」


 そのまま寝ようと声をかけたら綺姫はなぜか俺の方のベッドに潜り込んで来た。


「明日はバイト初日だしイライラしたら大変だと思うんだ~」


「そ、そう、だね……でも綺姫、俺は」


 俺は前回、綺姫を激しく抱いた時のことを思い出す。今の綺姫は新しい髪型になって控え目に言って可愛さが天井知らずで今なら朝まで致してしまう可能性が非常に高く自分を抑えられる自信が無い。


「ダメ、かな? アタシ役に立てない?」


「そんなことは無い!! 綺姫……少し睡眠時間が短くなるよ?」


「うん、朝まで一緒だよ星明!!」


 そして俺たちは文字通り翌朝まで一緒だった。そして一緒に寝坊した。




「それで何か言い分は?」


「綺姫は悪くない、ただ可愛すぎただけだ……」


「星明は悪くないの、ただ歯止めが効かなかっただけで」


 俺たちの寝坊に対して怒るのは当然で海上は腕を組んで正座した俺たちを見下ろしている。怒りの原因は昨晩の情事についてだった。


「アヤあんた声出し過ぎ、下手すりゃ森中に響き渡ったわよ、あれ!!」


「そうだね、星明くんも少し声が大きいかな、綺姫ちゃんへの思いは伝わったけど」


 海上はキレ散らかし瑞景さんは苦笑していた。一方で八上さんは心底めんどうな顔をしてから俺を睨んだ。


「てかDTの俺への当てつけかよ年下ども、葦原は俺サイドだと思ったのに普通にリア充じゃねえか!!」


 そんな気はまったく無い。ただ昨晩は綺姫が魔性過ぎた。髪を切ったからかで動きは軽やか、しかも積極的で目が離せなくなっていた。


「言い訳を一つだけ、良いか?」


「聞こうじゃん、ウチらに申し開きあんならさ」


「月明りに照らされた綺姫は美しかった、それだけだ」


「も、もう!! 星明それ昨日も三回戦目の時に言ってくれたやつ~!! 」


 綺姫がギュッと抱き着いてくると昨晩のことを思い出してしまう。朝からシャワーを浴びたからか綺姫のシャンプーのいい香りが漂っているのも原因かもしれない。いずれにしても言えることは一つ。


「昨日の綺姫は最高だった……」


「ったく仕方ない咲夜!! あんたからも何か言って……あ、そっか忘れてた」


 そういえば先ほどから静か過ぎると思って浅間を見ると顔を真っ赤にして固まっていた。そしてハッと我に返ってトイレに行くと叫んで走り去っていた。


「あ~、咲夜はこの手の話は昔から苦手だからな、変わんないな見た目以外は……」


「え? でも八上さん、咲夜って彼氏いるんですよね?」


 綺姫の純粋な疑問に焦ったのは浅間本人では無く海上だった。


「アヤ、その話はちょっと待っ――――」


「えっ……そうなのか俺は初耳だな、アイツ彼氏、できたのか……」

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