第42話 夏の始まり その2


「星明、大丈夫?」


「問題……無い、よ」


 もう既にここまで来るのにフラフラだ。この場所は海と山の両方を味わえるリゾート地をコンセプトにしているらしいが駐車場からここまでが長かった。昨日ネットで調べたが想像以上だった。


「ここまで交通の便が悪いなんて……道は舗装されてるのに、はぁ、はぁ……」


「はぁ、はぁ、昔ここは田んぼだらけの村だったらしいが無理やり買収して人を追い出して作った場所らしい……だから地元から協力は得られねえらしい……疲れたぁ」


 横で話すのは俺と同じくらい疲れ切っている八上さんだ。どことなく影の者としてのシンパシーを感じてしまう。そして話を聞いて俺達が臨時で雇われた理由も何となく分かった。


「あ~、やだやだ陰キャオタクが二人揃うとジメジメしてマジキモいんですけど」


「ちょっと咲夜!! 止めなよ、星明も八上さんも頑張ったじゃない!!」


 俺たち二人を睥睨へいげいして文句を言うのは浅間だ。少しは態度が丸くなったかと思えばこれだ。しかも年上の八上さんに対するこの態度も横暴に見える。今回のバイトの紹介がこいつじゃ無かったら断っていただろう。


「おい」


「何ですか?」


「お前の嫁マジ天使だな」


「嫁では有りません……か、彼女です」


 自分で言ってて恥ずかしくなる。だが八上さんの言う事は分かる綺姫は天使だ。俺も綺姫への偏見があって当初はギャルや陽キャを毛嫌いしていたが一緒に過ごす内に見方が180度変わって間違いだったと気付けた。


「そっ、そうですよ~!! 嫁はまだ早いですから~」


「アヤも、な~んでこんなんが良いんだか」


「ほらほら咲夜も文句言うな、あと立てるんなら手続きして来てくれない?」


 綺姫が軽口も叩けるのはやはり友人と一緒だからだろう。この間も綺姫は将来の夢はお嫁さんと言っていたから自分の心を殺して、すぐに良い相手が見つかるから応援すると言ったら悲しそうな顔をしていたが謎だ。応援が足りなかったのかと考え海上に言ったら自分で考えろと怒鳴られた。


「俺は……まあ叔父さんに挨拶しなきゃダメか」


「分かってんなら早く行くよ聡思さとし……兄さん」


 浅間が八上さんの手を取ると受付へ連れて行こうと引っ張っていた。休ませろと言いいながら八上さんは無理やり連れて行かれる。その一瞬、気のせいか浅間の顔が赤くなっていたように見えた気がした。


「浅間からの紹介だと聞いたけど八上さん経由だったのか」


「うん、八上さんの叔父さんがリゾート地全体を統括する管理人らしいんだけど人が集まらないって話を聞かされてたらしいんだ」


 なるほど辺鄙な所だがホテルを始め施設はしっかりしているように見える。そして二人に呼ばれると俺たちも説明を受けるためにホテルに入った。




「なるほど、つまり昼は海の家で夜はペンションの見回りの二つが主な仕事か」


「そうみたい……でも、これアタシが思ってた海の家じゃない!! これじゃ普通の喫茶店だよ~!!」


 案内された職場は砂浜に建っていること以外はオシャレな喫茶店で想像していたカレーや焼きそば、カキ氷を売っていたり浮き輪に空気を入れるような庶民的な店とは一線を画すような店だった。


「でもいいじゃん、下手に水着姿で接客なんかしたらエロ親父やナンパに来る奴とか面倒だし、ここなら大丈夫でしょ?」


 海上の言う通り定番の頭の悪そうな夏のナンパ男は来なさそうだ。綺姫のいう普通の海の家に小さい頃に入ったことが有るのだが全然ちがって見える。


「それがそうでも無いみたいでさ、この制服見てよ」


「わっ!? 可愛い制服……これ着てお仕事なの咲夜!?」


 浅間が持って来たのは店の制服で水色に近い薄いブルーの上着に白いエプロンとブラウンのミニスカートで三人が着ていなくても予想が付く。特に綺姫のような体系だと胸元が強調されそうだ。


「あ~、それは叔父さんの趣味だ、どっかのファミレスの昔の制服を参考にしたって聞いたぜ」


「いい趣味してるじゃないか八上くんの叔父さんも」


 少し古臭いと思ったが三人の美少女ギャルが着たのなら話は別だ。一方で男は黒のスラックスに白のシャツが用意されていて女子に比べ明らかにシンプルだった。


「つまり基本は昼からのカフェのバイトで夜は見回りをして欲しいそうだ、今日は見回りだけらしいから制服のサイズ合わせを今の内にってことらしい」


 浅間と八上さんだけだと不安だから話を聞いて来てもらった瑞景さんが貰ってきた向こうの計画書はかなり雑だった。俺も目を通して思わず八上さんを見た。


「八上さん、これって……」


「実は叔父さん、ホテルのパーティーの準備で忙しくてな、来る途中で港に豪華客船が泊ってたろ? あそこからVIPが来てんだと、だから一般客を任せる人間を探してたんだよ」


 だから嫌だったんだと八上さんは頭をボリボリかいて言った。ここまで俺達は瑞景さんの運転する車で来たのだが、車内から寂れた港に停泊していた不釣り合いな豪華客船を見たのを思い出す。


「しかしアルバイトの俺達にここまでの裁量を与えるなんて……責任重大だ」


「だね、ミカ兄を連れて来て正解だったし」


 瑞景さんが頭を抱えているが俺を含めた他のメンバーも同じ思いだ。さすがの綺姫も気付いたようで俺の方に制服を持ったまま近付いて来た。


「ほ、星明ぃ……これって」


「ある意味ブラックバイトだ……迂闊だった」

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