第五章「変わる二人のカンケイ」

第41話 夏の始まり その1


「着いた!! 海だよ海!! 暑いよ~!!」


「来ちゃったねえ、てかアヤは海の家のバイトは何回目なん?」


「三回目だよ!!」


 先を行く綺姫と海上を見ながら俺は両手に抱えた荷物を運んで肩で息をしていた。荷物は俺と綺姫の分だけだが重い。日差しもキツくて汗が垂れ流れている。俺は今、綺姫たちと夏のリゾート地に来ていた。


「大丈夫か葦原くん?」


「はっ、はい……なんとか」


 俺が肩で息をしていると快活な男性の声が頭上から響く。振り返ると日焼けした筋肉質な男性が俺の後ろで苦笑している。年齢は俺より上で今年で二十歳だと先ほど行きの車の中で聞いた。


「星明、やっぱりアタシ自分の荷物は自分で持つよ」


「甘やかしちゃダメだよアヤ、それにミカ兄が見てるから大丈夫だし」


「で、でも瑞景みかげさんと違って星明は肉体派じゃないし頭脳労働系だから……」


 俺は震える膝を何とか立て直すと気合を入れ立ち上がる。綺姫は不安そうな顔をしているから安心させるために笑おうとするがぎこちない笑みしか出来なかった。


「だ、大丈夫……だから綺姫」


「で、でも……」


「大丈夫だって言ってるからいいんじゃね? それとも葦原もうギブ?」


 一方ニヤニヤしているのは事情を知っている海上だ。元はと言えばコイツの口車に乗せられたのが原因だった。それは今から二日前の路地裏での話し合いで、あの時に俺は海上とある約束をしていた。



――――二日前


「俺は彼女のことが好き……なんだと思う」


「いや思うって自分どう思ってんのって話なんだけど?」


「海上、これからする話は綺姫以外にはしたことが無い話だ、聞いて欲しい」


 俺はそこで性依存症に近い精神病と診断されたこと、性的興奮が抑えられずに日常生活にも支障をきたすから人を避けていたこと、綺姫がいてくれて不眠症が治ったことなどを話していた。


「つまりアヤを自分の性処理用に買ったって意味か、サイテーだな」

(ほ~ん、自分から正直に話したか……ガチっぽいね、これ信用出来るかも)


「ああ……最低だ、だからこれは報いだ、ほんの気の迷いで彼女を助けて良い気になって、気付けば彼女を本気で好きになってしまった俺への罰だ」


 しかも自分の病気のためと言って彼女の親切心を利用している負い目や今まで抱いた女とは違う感覚で初めて人を、異性を好きになる感覚に戸惑っていることも併せて吐露していた。


「なるほど……」(もう確定じゃん、アヤは捨てられる心配してたし)


「だが、金で繋いだ関係でも彼女の幸せを願うことくらいは悪くないだろ? だから綺姫の悲しむ顔は……もう見たく無いんだ、だから頼む」


「ああ、よ~く分かった」(あ~、お前ら両想いだから早く付き合えってホント)


 そして俺は海上から今回の件を綺姫に言わない代わりに条件を出されることになった。まず俺が須佐井と違い綺姫を本当に大事にしている所を見せること、次に今まで以上に綺姫と恋人らしくするのが条件だと言われてしまった。


「あんた達ぜんぜん恋人っぽく見えないから学校行ったらバレて須佐井や他の奴にも勘付かれるから、絶対に!!」


「そ、そんなにか……」


「あんた心のどこかでアヤとヤッてるから安心とか思ってんじゃね? 違う?」


 それは確かに思い当たる部分は多い。初回以外は綺姫は表面的には喜んでくれていたが初心者の彼女にはハード過ぎたのかも知れない。


「確かに思い当たる節は有る、そうか……」


「つまり今後は普段からイチャイチャすること!!」


「そ、それはフリという意味だよな?」


「えっ? ああ!! もっちろん、ただ演技だってバレないようにしな、あんた不器用みたいだし本気でイチャ付いても良いと思う、それに役得でしょ?」


 だが俺にそんな資格は有るのかと言ったら彼女は海上は断言した。


「資格が有るとか無いとかじゃなくてアヤを守りたいんだろ? 悲しませたくないんだろ? ならウチの条件を飲みな」(それが一番の近道だからね~)


「分かった……綺姫のためなら」


「まあ悪いようにはしないよ」(結果ありきだかんね~、あんた達の場合は)


 そして俺が試される場として選ばれたのが今やって来たリゾート地でのバイトだった。そこで俺は綺姫を守れること、大事にしていることを海上と彼女の彼氏でもある額田ぬかた瑞景みかげさんに証明しなければならなかった。




「よし頑張ったな葦原くん」


「どうも額田さん」


「俺のことは瑞景で良いって言ったじゃないか」


 キランと白い歯が輝きそうなくらいの陽キャスマイルだ。俺とは完全に別世界の人間で海上の彼氏というのも頷けた。


「慣れてなくて……すいません瑞景さん」


「謝ることじゃないし慣れていけばいいさ、それに君より問題児はあっちの二人だと俺は思うけどね?」


 そう言うと瑞景さんは俺たちより更に後方で口論に近い言い合いをしている男女を見て苦笑していた。


「てか女子の荷物くらい持てし陰キャオタク!! そんなんだから彼女できないんでしょ!!」


「うるせ~なガキが……何で俺がこんなとこに、そもそもここは……」


 瑞景さんが言っている二人の内の一人はクラスメイトの浅間だ。そしてもう一人が浅間の知人だという八上やがみ聡思さとしさん、彼は大学生で俺達より一つ年上だと紹介された。


「お~い二人とも!! もうすぐだ頑張って行こう!!」


 瑞景さんが声をかけて浅間の方は返事をしたが八上さんは手を振っただけで俺同様にグロッキー状態だった。こうしてこれから三週間、俺たち六人の夏のバイト生活が始まる。

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