第37話 怒りと葛藤 その1


 外に出たら暑過ぎた。今は八月で真夏、しかも今日は今年の最高気温が更新されるとかネットニュースで見た気がする。やはりエントランスから出るのは失敗だったと思いながらクーラーの効いたコンビニに入る。


「無い……」


 だが目的の綺姫の好きなチョコレートは無かった。その後も周囲の店を探すが見つからず俺は少し離れたコンビニへ向かうことにした。そして自動ドアが開いたと同時に怒鳴り声が耳に響く。


「だぁからっ!! アヤの行方を聞いてんだよ!! 俺は彼氏だからよ!!」


「天原さん辞めたって言ってるんですけど……てか彼氏なのに知らないんですか? あ、いらっしゃ~せ!!」


 暑さで朦朧としたままコンビニに入った俺は一番会いたくない男と目が合った。しかも今の俺は学校から帰って来たままの髪型でメガネもそのままだから須佐井に俺だと認識されていた。


「ん? お前!! 陰キャメガネじゃねえか何してやがんだ!!」


「買い物……」


「んなこと分かってんだよカスが!! 何でここに居んだよ!!」


「近所……」(実際は違うけどな)


 学校以上に須佐井は横暴だった。それにしても綺姫は昔は大人しかったと言うが本当なのだろうか。同時に俺の知らない綺姫を知ってると思うと余計にイライラした。


「お前こんなとこに住んでたのか、で? 今の話は聞こえたか?」


「別に……何も」


 ガッツリ聞こえた。でも何でこいつは綺姫を探しているんだ。学校では知らない振りをして、八岐金融の二人に連れて行かれた時にはビビッて逃げ出したくせに今さら何の用だ。


「そうか、まあ聞こえたとしても陰キャボッチじゃ誰にも話せねえか!!」


 こいつは一々、俺に突っかからないと生きて行けないのか。顔は見えないから大丈夫だと思うが一応は表情に注意しておこうポーカーフェイスが難しいぐらい不快だ。


「じゃ、買い物するから」


「おう、少し話をしてやるから感謝しろ」


 人の話を理解できないのか? でも逃げられる状況ではないしテキトーに相手をして買い物を続けるしかない。そこでやっと見つけた綺姫のお気に入りのチョコを三つと飲み物をカゴに入れながら隣のスピーカーは聞き流す。


「お? お前もそのチョコ好きなのか?」


 だが須佐井の俺もと言う言葉が気になって黙って頷く。


「それアヤも好きだったんだよ……あいつ物欲しそうに俺が持ってんの中学の時に見てたからよ、やったらバカみたいに喜んで猿の餌付けみたいでマジウケた。そうだ知ってるか? あいつ見た目だけで単純バカでな、おまけに家が超貧乏でよ~」


 これでキレなかった俺を褒めて欲しい。どうしてだろうか女と会った訳でも無いのに動悸が激しくなり暴走しそうだ。その後も聞いていない話を延々とする須佐井にストレスが凄まじい事になるが頑張って耐えた。


「そう……なんだ」


 怒りに肩を震わせながらも俺は咄嗟に自分の懐を探っていた。そして冷静にある物のスイッチを押す。


「――――それでよ、あいつヤベー奴らに連れてかれて、まあ今頃は体で稼いでんじゃね、バカで流されやすいからよ~!!正直あいつの処女奪えなかったのは俺の最大のミスなんだ、あ、ここ笑うとこだぜ?」


「その……ふ、二人は付き合ってたんじゃ?」


「ああ、実はもう少しで落とせそうだったんだ。てかアヤって引っ越して来た時は微妙だったのに中二ぐらいから急にエロくなってよ、俺もこの間知ったんだけどアイツEカップもあんだよ揉みたかったぜ~、あの巨乳」


 俺はあまりの言葉に黙ってしまった。何でこんな奴に綺姫は……俺も色んな女に酷い扱いをして来たからとがめる資格なんて無いのは分かってるが、それでも怒りは収まらない。同時に怒っているのに何も出来ない自分が嫌になる。


「そ、そう……なんだ」


「まあ一生童貞のお前に俺からのお恵み情報だ、感謝しとけ」


 コクリと頷くけど俺は怒りのあまり震えていた。そして同時に逃した綺姫の全ては俺が奪ったという優越感で嗤った。お前に手に入れられなかった綺姫は今は俺の傍に居るし今夜だって俺の腕の中で微笑んでくれるはずだ。


「うん……ありがとう」(ありがとう須佐井……綺姫を捨ててくれて)


 例え俺が彼女を繋ぎ止められているのが金の力で俺にはそれしか無くても、それでも須佐井なんかより何倍も俺が綺姫を大事にしてみせる。


「お前って案外話せる奴なんだな、一年の頃からアヤが気にしててウザいからイジってたけどよ、アイツも居なくなったし、これからは仲良くやろうぜ」


「別に……気に、しないで」


 その後も取り巻き二人は予備校で忙しい間に一人で動いていたとか、街で綺姫が知らない男と歩いていたと聞き探しに来たとか必要な情報は全て話してくれた。


「じゃあ二学期からは頼むぜ陰キャメガネ……えっとアッシー?」


「……葦原でいい」


「葦原、二学期は文化祭とか色々あっから、お前も俺と一緒にいれば楽しめるから期待してろよ!! それからよ……」


 そう言って須佐井はニヤニヤしながら俺に色々と話をする。まさか俺がボイスレコーダーで録音しているとは最後まで気付かずに満足するまで自分のことを全て話してくれた。


「俺も……二学期が楽しみだよ、須佐井……」


 どんな手を使っても綺姫を守ってみせる。この時、俺は自分の中の感情をやっと認めた。俺は、俺は綺姫が好きなんだ。大金を払って抱くほど彼女が好きなんだ。でもそれは金の力で捻じ曲げた間違ったやり方だ。

 だから、いつか彼女が一人で自由に生きてけるようになるその日まで、絶対に俺が守る。そして須佐井からも俺からも解放し自由にしてみせる。

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