第27話 変えて行く日常 その1


「じゃあ今日はここに迎えが?」


「うん、さっき熊野さんに電話したら来てくれるって」


 朝食を食べ終わって準備をしながら綺姫の今日の予定を聞いていた。また彼女の家の前まで送るなら早めに出る必要が有るろ考えたのだが今朝は違うらしい。


「分かった、じゃあ今日も警察まで迎えに行くから」


「うん、待ってる、で、でも大変じゃない?」


「ぜんぜん大丈夫、むしろ俺が心配だから」


 家の前まで来るのなら安心だと考え俺は先に家を出ると言って玄関に向かった。するとパタパタとスリッパの音を立て綺姫が付いて来た。何か言い忘れたことでも有るのだろうか?


「えっと、いってらっしゃい星明」


「え? えっと……」


 この家で、その言葉を言われるなんて思わなかった。完全に虚を突かれた俺は固まって学校での陰キャモードが出ていた。それだけ焦る事態だったんだ。


「あ、ごめん、これもウザかった……かな?」


「いや、ぜんぜん!! その、言われたの久しぶりで、驚いただけで、俺は嬉しくて、あと……だから!!」


 その言葉でサーっと血の気が引いた。ジローさんの店での話を彼女は今も気にしているんだと分かったからだ。だから早口で俺は一気に弁明を始めるしかなかった。あの時とは違って今の俺にとって綺姫は違う存在だ。


「よかった~、前みたいに朝の挨拶とかウザいのかと思って……」


「あ、綺姫なら声かけてくれるのは嬉しくて、歓迎で……と、とにかく嫌じゃない!! ぜんっぜん嫌じゃないから!!」


 混乱して思わず綺姫の肩を掴んで真剣な顔で弁明すると綺姫が一瞬驚いた後にホッとした顔をしていた。


「そっか良かったぁ……じゃ、じゃあさ……いってらっしゃい、星明!!」


「う、うん……行って来るよ……綺姫」


 ドアが閉まる瞬間もう一度だけ振り返ると綺姫が手を振っていてカチコチになりながら手を振り返すと目が合う……そしてドアが閉まった。


(こ、これじゃ新婚みたいだ俺たち)

(これじゃ新婚じゃんアタシ達!!)


 この時は考えていたことがまさか同じだったなんて俺も綺姫も知らなかったし頭がパンクしそうでそれ所じゃなかった。だから俺も浮かれてテストに集中できなかったし綺姫も取り調べが上の空だったらしい。




 カリカリとシャーペンが走る音だけが聞こえる教室で黙々と問題を解いているとチャイムが鳴り響いた。今日でテスト期間は終わりだ。


「ふぅ……終わった」


 珍しく呟いてしまうくらいには今回のテスト最終日は解放感が有った。理由としては最近の様々な出来事が有ったが一番は綺姫の警察署への迎えが原因だ。それも昨日で終わって今日の科目は集中できた。


「これで夏休みだ~!! うぇ~い!!」


 テスト期間中はギスギスしていた陽キャ集団も息を吹き返したように騒ぎ出す。思えば浅間と対立してからクラスの空気が悪かったのはこいつらのせいだった。


「やったぜえええええ!!」

「うおおおおおおおおお!!」

「明日から休みだああ!!」


 それに便乗するように他の生徒も盛り上がる。だが一方で真逆の人間もいた。もちろん浅間と海上そして半数以上の女子生徒だ。男女の盛り上がりの差がここまで激しいのは珍しくも無いが俺には異様な光景に思えた。


「アヤがどうなってるかも分かんないのに暢気のんきよね、ほんとさ」


「やめな咲夜、いちお~は一段落ついたんだし」


 二人以外の女子たちも微妙な空気が漂っている。そして帰りのホームルームでも担任は特に綺姫の件に触れることは無かった。浅間はしつこく担任に聞いていたが梨のつぶてだ。


「せんせ、ウチら親友なんだけど?」


「そうは言われてもな……無理なものは――――」


 海上や浅間が食い下がるが担任は何も言わず去り際に俺を見た。俺は一瞬だけ担任を見てコクリと頷く。これで伝わるだろう。そして担任が居なくなったと同時に浅間はまたしても須佐井に向かっていた。


「タカ!! テスト終わったんだし、そろそろ事情くらい話して!!」


「だからぁ、それは家の事情だって言ってんだろ!!」


「アタシら友達でしょ!? そんなの違うし!!」


 二人の仲が良かったなんて今の光景を見たら信じない人間すらいるだろう。それくらい二人は険悪だった。本来なら浅間も須佐井も物事をハッキリ言うタイプだから言い合いになったら大変だろう。だが今は状況が違う。


(綺姫を見捨てたなんてバレたら大変だろうから言えないだろうな)


 しかし俺には微塵も興味が無い。そんな中で呼び出しの校内放送を告げる音が校内に流れ出す。


『三年一組の葦原星明くん、生徒指導室で先生がお待ちです――――』


 やっと来たかと俺はカバンを持って立ち上がる。今は二人の言い争いで俺に構う余裕は無いはずだ。何人かはチラっと俺の方を見たがすぐに視線を戻していた。これで問題は無い。なぜなら今から学校サイドと話し合いが待っているから下手に注目されたら困るからだ。

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