第19話 崩れ始める偽りの日常 その2


「実はアヤは今すげえ忙しいんだよ家の事情でな」


 俺はそれに聞き耳を立てながら考える。須佐井は基本的に事情は知らないはずだ。知っているのは綺姫が連れて行かれた所までで綺姫の家の事情を詳しくは知らないから嘘だろう。


「そうなん? それってガッコ来れないくらいヤバイん?」


 咲夜が言うと取り巻き二人も須佐井を見た。それにテキトーに答える須佐井に業を煮やしたのか黒ギャルの方、海上がイラっとした口調で喋り出す。


「てかさ……タカは本当に知ってんの?」


 海上が須佐井を探るように言う。朝から二人は須佐井をこのように質問攻めにしていてクラスの雰囲気は控え目に言って最悪だ。


「あ、あいつに口止めされてたんだ、皆に心配かけたくないって……俺もマジ心配してんだよ」


 堂々と嘘を付いている須佐井だが教室内で奴が嘘つきだと知っているのは俺だけだ。ここで俺が真実を語った所で無意味だ。俺のクラスでの立場を考えれば普通に無理だし何より俺にメリットが無い。


「分かった、アヤから何か連絡来たら教えなよタカ」


「分かってる、それより咲夜と海上は夏休み空いてるか? 五人でさ――――」


 そんな話をしている連中を尻目に俺はパンを食べ終えるとトイレに引き籠る。図書室じゃなくてトイレなのは株価や他の各種取引を確認するためと綺姫の居場所を調べるためだった。


「綺姫……何が有ったんだ……」


 祈るようにスマホで俺はある場所に連絡をした。通知はすぐに返って来ず俺は昼休みの予鈴が鳴ったと同時に教室に戻り午後を過ごした。そして放課後と同時に綺姫が図書室にいるかもしれないと廊下に出た時だった。


「葦原ぁ~? すこぉ~し話さね?」


「っ!? えっ?」


 振り返るとそこには金髪黒ギャルな海上うなかみ珠依たまえと白ギャルな浅間咲夜がいた。浅間の方は背が低いから問題無いが海上は俺と目線がほぼ一緒で威圧感が凄かった。


「とりま静かなとこ行かね?」


「え? ちょっと……」


 浅間に言われ逃げられないのを悟ると教室内からは好奇な視線が集中する。その中には須佐井の視線も有って敵対心剥き出しで面倒だったが彼女らを振り払えるはずも無く俺は二人に連行された。




「……ここは?」


「あ~気にすんなし、ここ科学部の部室、今は幽霊部員しか居ない」


 俺が二人に連れて来られたのは文化部棟だった。本校舎から離れ図書室に戻るのが面倒だが仕方ない。二人を邪険にしたら何をされるか分からないし素直に従うしかない。これが陰キャの悲しいところだ。


「咲夜が幽霊部員やってっから心配すんな、それより聞かせてくんない?」


「なにを?」


 主語が抜けた言葉に思わず俺は聞き返していた。


「最後にアヤに会ったのアッシーでしょ? なんか知らね?」


 海上の言葉に畳みかけるように今度は浅間が言う。その意味を考えようとしたら矢継ぎ早に二人はどんどん話をしていく。俺は少し違和感を感じながら二人の話を聞くしかなかった。


「担任てか副担からウチが聞き出した、電話で連絡して来たのあんたなんだって?」


「それは……」(違和感はそれか、何でこいつらが俺が連絡したことを……)


「いやさ何で陰キャのあんたが関係無いアヤの連絡してんのって話よ」


 担任に口止めはしたが副担任にはしていなかった。迂闊だった……それより今はどう言い訳するかを考える。綺姫が家にいるなら好き放題に言えるが行方不明で居場所が分からないのは俺も一緒だ。下手な事を言ったら状況が余計に混乱してしまう。


「止めな咲夜、葦原、ウチらはお前に何かする気ないから」


「……知らない」


「はぁ!? いい加減に――――「咲夜止めな!! 葦原、ウチも咲夜もアヤのことが心配なだけなんだ、頼むから何かしらね?」


 彼女達の言葉は本当だろう。綺姫と話をしていると自然と二人の話も出ていたしクラスでは常に三人一緒なのは俺でも知っている。だけど現状で彼女達に話しても何の利益にもならない。


「俺が休んだ日……自分も休むから一緒に言っておいてって……言われた」


「はぁ? あんたが休んだ日?」


「そっか、そういえばアヤとタカが休んだ日はあんたも休んでたっけ……」


 それを聞いて内心苦笑する。やはりクラスの中心が二人も欠席したら俺みたいな陰キャが同じ日に休んでも誰も気にしないんだと思い知らされる。クラスカーストの圧倒的差が現実として示されたのに笑いそうになった。


「……病院に行く途中に駅前で、だから先生に」


「そんだけ? そもそも何で陰キャのあんたに言ってアタシらに――――」


「知らない……よ、浅間さん」


 また海上が浅間を止めようとしたので今度は俺が浅間を止める。ますますイライラした様子の浅間だが海上の方は俺を見た後にスカートのポケットを漁ってスマホを取り出す。


「駅前か……なあ葦原あんた『SIGNサイン』のID持ってるなら教えて」


 そして海上はSIGNというスマートフォン向けアプリを起動して俺に見せた。


「タマあんた、それ使ってるの? それ外国のヤバいアプリじゃないの?」


「有るよ、それのID……海上さん」


 浅間が驚くのも当然だ。今、一般的に主流なのは緑色のアイコンで日本語では線という意味のスマホ向けアプリの方で、こちらはまだ有名じゃない。だけど俺は偶然にもSIGNをインストールしていたので自分のIDを表示した。


「あんたも入れてんの!? 私も入れようかな……」


「うし、じゃあ交換っと……何か思い出したら連絡して、SIGNの方なら葦原も安心っしょ?」


「あっ……ありがと海上さん」


 どう見ても黒ギャルで怖いイメージだったが彼女は気を遣ってくれたみたいだ。あっちの緑のアプリのIDでは俺が警戒すると思ったのかもしれない。


「アヤのためだし、それとウチ個人としてもウザ絡みして悪いって思ってた」


「そっか……じゃ、じゃあ俺はこれで」


「ああ、じゃあね葦原」


 こうして俺は何とか解放され万が一の可能性を信じ図書室に向かった。しかし、そこにも綺姫は居なかった。

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