第18話 崩れ始める偽りの日常 その1


 あれからカラオケやファミレスまで探したが満席で待ち時間が長く、たらい回しにされた俺たち二人だったが結局は一番最初に訪れたファミレスで昼食になっていた。


「噂には聞いてたけど……悪くない味だ」


「ん? 星明ってサイデは初めて?」


「てかファミレス自体が久しぶりなんだ」


 覚えている限りで父親には連れて来られたことは無い。母には何度か連れて来てもらった覚えが有るが父に隠れてだ。父いわく貧相で安っぽい食堂に行く価値はないと言っていたから嫌だったのだろう。


「そうなんだ、どう?」


「うん、おいしい」


 このファミレス『さいですか?』は割と古くからあるファミレスの老舗で創業は約50年前だと記憶している。前に株の売り買いの練習をした際に調べたので覚えていて、その関係で四門さんから優待券も貰っていた。


「へ!? 食事券?」


「ええ、一応そうなるかな」


 財布からそれを出すと綺姫はキラキラした目で株主優待券を見ている。四門さんもファミレスなんて学生でもなきゃ行かねえよと言って俺に突きつけて来たからそのまま財布の肥やしになっていた。


「じゃ、じゃあタダ?」


「まあ、この券は二千円分なので越えた分は無理ですけど」


 そんな話をしつつデザートも頼んで良いかと聞かれたから問題無いと答えると嬉しそうにジェラートを注文していた。


「あ、あのさ……来週バイトの給料日だから、その時返すから」


「いえ、気にしないで下さいこれくらい」


「それはダメ、借りたものはきっちり返さなきゃ私の親みたいになるし……」


 凄まじく説得力のある言葉に俺も思わず頷きそうになる。だけど彼女はこれから一人暮らしだろうし借金は返しても生活は苦しいだろう。だから食事代くらいはと思っていたが決意は固いようだ。


「分かりました、では来週に……あっ、そうだ……良ければこれ」


「え? これってタダ券!?」


 思い出したのはジローさんや吾郎さんからも食事券やらクーポン券をもらっていた事だ。これなら少しは彼女の助けになると思うし外で会う時の待ち合わせにも使えるのでは無いかと考えた。我ながら上手い手だと自画自賛する。


「食事券……貰い物だから使ってくれればって……俺は使わないんで」


「いいの? こんなに貰えたら食費かなり浮くんだけど……」


 食事券だけで四千円分でクーポンも合わせれば六千円近くなる。さすがに一ヶ月分とはいかないけど俺が持ってるよりも役に立つと思う。


「俺は使わないし、あと意外と期限も迫ってるから」


「ありがと……助かる、本当ありがとう……星明が良い人で、本当に良かった」


 そんな彼女を見て少しだけ罪悪感が薄れるのを感じて自分が嫌になった。彼女を強引に抱いたという自責の念を俺はまた金で解決しようとしていると陰鬱な気持ちになる。だけど同時に彼女の笑顔を見て俺だけが嫌な思いをして彼女を笑顔に出来るならば苦じゃないと思えるようにもなっていた。




「では、ここで」


「うん、本当にありがとう星明……」


 そう言って手を差し出されたから一瞬びっくりした後に、おずおずと手を出すとガッチリ掴まれた。


「ああ……そのっ、俺と、君は対等だから気にしないで」


 彼女の家の前で俺はそう言って自然と握手していた。あくまで彼女を買ったのは治療のためで報酬を払って仕事をしてもらうだけだと自分を納得させていた。そうしなければ本来はヘタレな俺は心が潰れそうだった。


「あと高校での話は昼休みと放課後の図書室ね?」


「ええ、さっき話した通りです」


 ファミレスで話したのは今後のことも有った。まず俺達の関係は基本的に高校内で隠すという話だ。そして何か話が有る時は図書室で密会ということも決めた。


「う~、やっぱり敬語、さっきまで直ってたのに……」


「そ、それは……まあ、おいおい改善を」


「ふふっ、じょ~だんだから無理して変えなくていいよ、星明のペースでね」


 そう言ってウインクされるとドキッとした。恋愛経験はゼロだからこういうのには弱い。今が夕方で良かった昼なら顔が真っ赤になっていたのがバレていただろう。


「では明日学校で」


「う、うん……じゃあ明日の放課後……」


「ええ、明日!!」


 俺にしては珍しく大きな声を出していた。振り返ると綺姫はまだ俺を見ていたから頭を下げた後に手を振る。そんな挙動不審な俺を綺姫は最後まで見送ってくれた。その夜は眠れなくて翌朝は眠い頭を無理やり起こし登校する。しかしこの日、綺姫は学校に来なかった。




「ねえ、アヤどうしたん?」


「うぇっ、そ、それはぁ……風邪じゃね?」


 昼休みの教室で俺はいつも通りコンビニで買ったパンを食べてボッチ飯だったが朝から教室の雰囲気は変だった。


「だって、あんたとアヤ同じ日にガッコ休んだじゃん、何か知らないん?」


「そうそ、アヤはスマホ禁止なんだし何か知ってるならアンタでしょ?」


 この三年一組の三ギャルなんて呼ばれている内の二人がクラスの中心的な存在、男子のカーストトップの須佐井を詰問していたからだ。


「しっ、知らねえよ」


「じゃあアヤの家教えて、あの子、家がボロいから見せたくないって言うから行ったこと無いし」


 白ギャルの浅間が須佐井になおも食って掛かるが須佐井は知らぬ存ぜぬを通す。それに助け舟を出したのは須佐井の取り巻きだった。


「別に二日くらい用事とかあるだろ?」


「あの子ってウチらより真面目だし、こんな風に二日も休むなんて変っしょ」


 しかしここでもう一人の大柄の褐色ギャルの海上うなかみも浅間に続くように言った。取り巻きの一人も庇い切れず須佐井を見ると奴は重い口を開いた。

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