第17話 変化と兆し
「なんか意外と早かったね……」
ホテルでの仕事を終えフロントに挨拶して出て来た綺姫の第一声がこれだった。
「じゃあ家まで送ります」
「あ、あのっ!! 星明の部屋に今夜もとか……ダメ?」
「えっと、どうして?」
凄い食い気味で言われて焦る。いきなりどうしたのだろうか? 昨日とは違って心の準備も出来ただろうし一度家に戻った方が良いのではと思って尋ねていた。
「え? う~んと……ほら明日は日曜だし帰りたくないって感じで……」
そんな曖昧な理由で、しかも割と何も考えて無さそうな答えだ。まさかこれがノリと勢いだけで行動を決めるという陽キャムーブなのか凄いな。
「感じって……でも男の家に二連泊は……」
「そんなの今さら!! それに、もう星明と……何度もシてるから大丈夫だし」
何が大丈夫なのか疑問だが帰りたくなさそうだし、ここは空気を読んで……いや本心としては俺も彼女と離れたくない。実際この提案は俺にとっても渡りに船だ。
「じゃあ今晩も一緒によろしく……」
二日連続で誰かと一緒の夕ご飯かと状況に流され過ぎな気はするけど楽しみだ。思わず笑みを浮かべてしまう。今は髪も上げてメガネも外しているからキモイ顔をしてないかが心配だ。
「え? すっ、凄っ!? 今したばっかりなのに……でも私、今夜も頑張るから!!」
「え?」
綺姫が頑張ってくれるようだが夕食に付き合ってくれるだけで気合を入れてくれるなんて俺は嬉しいけど少し心配になる。
「では帰りましょう家に」
「うん、帰ろ!!」
◆
「アタシも段々慣れてきたけど、ど、どうだった?」
「え、ええ……良かったですよ」
そして家に戻り夕食後に彼女はいきなり俺に抱き着いて来た。食後のデザートはアタシだよと言って、その流れで致して今に至る。
「あのさ、言おうか迷ってたんだけど、敬語やめない?」
「意識してるわけじゃないんですけどね」
これは半分は嘘で意識しているから敬語になっている。綺姫とは肌を重ねるようになってから数日経つが時間が経つにつれて俺は彼女に罪悪感を感じていた。
「なんかさ~壁感じるんだよね敬語って」
「そうですか?」
そう言うと綺姫はベッドの中で俺の腕に抱き着いて微笑んでいる。こうなる事は分かっていたのに俺は彼女を抱いた。この笑顔も態度も全部、金のためで学校で見せてくれた善意とは違う。
「どしたの?」
「何でもない……よ」
あとは病気の話を聞いて同情もしてくれたんだろう。なら少しでも彼女の要望に応えるべくタメ口で、本当の恋人のように話す方が良いだろうと思ったら口から自然と敬語は抜けていた。
「星明どしたの?」
「いや少し……ね」
ここまで気を遣わせて申し訳ないと思うと同時に実は俺の方が彼女を陽キャでギャルっぽいと色眼鏡で見ていた事に気が付いた。どこか卑屈だったのは俺自身だったのではという疑念が頭を過ぎる。
「ふ~ん、そのさ……悩みとかなら聞くけど?」
「ありがとう、病気の事とか考えてた……」
そっかと言った後に裸のまま抱きつかれた。クーラーが効き過ぎて寒いと言って離れないで話している内に二人揃って眠っていた。不思議なのは綺姫の側だと本当に眠れたことだ。
◆
「そして寝坊したと……」
「アタシは起きてたけどね~」
時刻は間も無く正午でベッドの中で綺姫が見守ってくれていた。体を重ねた時の何倍も恥ずかしくなって俺は思わず目をそらしてしまった。
「もう昼か……」
「うん、じゃ、じゃあアタシそろそろ帰ろっかな……」
「いや、その……昼、まだだし、良ければ……えっと」
こういう時にどうすればいいんだ。無難に昼飯を一緒に食べませんかと言えないんだが……そもそも食事には誘われるのが前提で誘ったことなんて一度も無い。前回の寿司の出前は勢いと奇跡だったんだ。
「えっと、もしかして一緒にお昼? いいの?」
「あっ、うん……」
「アタシも!! ほんとは朝ご飯作りたかったんだけど食材が……」
そこで昨日まで物置と化していた冷蔵庫を思い出す。飲み物と栄養ドリンクつまりエナドリ系とカビの生えた総菜くらいしか無くて昨日には全て捨てられた。そういえば昨日出たゴミ袋軍団も無くなっている。
「朝一で出して来たよ、でも凄いねここ、受付の人? みたいな人がゴミの種類関係無く全部ゴミ持って行ってくれたんだけど」
「そうなんだ……」
後で知ったがこのマンションはオーナーがゴミ収集を民間業者に委託しているようで毎日ゴミを出しても構わないそうだ。
「そ~いうの調べなきゃダメでしょ、凄い便利なんだよ曜日とか時間気にしないのってさ……いいな~」
そんな話をしながら昼は外食という話になったが意外と大変だった。普段は外に出歩かない俺でも日曜に人出が多いのは分かっていた。分かっていたのだが想像以上で驚いた。
「こ、これで三軒目……だと」
「ま~ファミレスはしゃ~ない、カラオケもたぶんいっぱいだし」
しかし俺が面食らっていたのに対して綺姫は余裕で伊達に陽キャじゃないと思い知らされた。そのまま店内を見てすぐに出ようと言われ腕を取られて店を出る。その繰り返しで気付けば三十分以上も駅前をさ迷う事になってしまった。
「ま、まさか昼を食べるまでこんなに苦労するなんて……」
「お昼時はどこもこんなもんだよ、しかも日曜だしね、じゃあ次行こ!!」
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