第15話 登場、八岐ファミリー


「お二人とも、昨日連絡した通りです」


 俺は綺姫と組んでいた腕を離すと二人に深々と頭を下げる。隣の綺姫も慌てて気付いて頭を下げていた。


「ああ……てかセイメーあんたマジでその女と付き合ってんのかよ……」


 六未さんが俺達が腕を組んでいるのを見て焦っている。どうやら綺姫の作戦は成功のようだ。


「兄貴が五分前にはビルの前にいるはずだから連れて来いってな」


 吾朗さんが言うと待たせていたエレベーターに四人で乗る。エレベーターは三階で止まって事務所に入ると中はヤニ臭く汚い事務所とは縁遠い清潔なオフィスで十数名の背広を着た人間が働いていた。


「あ、あれ?」


「驚いた?」


「う、うん……だって」


 まるで普通の会社みたいと綺姫が言うと一番奥のデスクにいた人物が立ち上がり俺達に向かって大きな声で喋りかけて来る。そして綺姫は男の声に驚いて俺の手をギュッと握った。


「闇金如きが清潔で真っ当なオフィスで変だと思ったんじゃないかな、天原さん?」


「え? い、いえいえ、そんな事は……え~っと」


 近付いて来たのはグレーの背広を着た青年でジローさんと少し雰囲気の似ている人、彼こそが八岐金融のナンバー2の八岐四門しもんさんだ。


「初めまして、私は八岐四門と申します。そこのバカ二人の兄で上司、まずはお詫びを……君みたいな可憐な少女に手荒な真似をした事を謝罪します」


 そう言うと四門さんは深く頭を下げた後に長めの前髪を軽くはらうと笑みを浮かべた。ちなみに今ので綺姫は警戒を解いて手を放そうとしていたから逆に、こっちから強く握り返した。これは四門さんの常とう手段だ。


「へ? 星明?」


「綺姫、四門さんは昨日会ったジローさんよりヤクザっぽい借金取りだから気を付けるんだ」


「おやおや、君が他人を気遣うなんて、これは本当に大事にする必要が有るな」


 興味深そうに綺姫を見る四門さんは先ほど見せた張り付けたような薄っぺらい笑顔を見せるが今度は綺姫も油断しないように表情を硬くしていた。




「つまり君ら二人でナシ付けに来てくれたわけだ」


「梨は最近高いので食べれてませんし、お土産には持って来てません!!」


 奥の会議室に通された俺と綺姫が席に着くと三人と向かい合って話を始めた第一声がこれだった。ちなみに『ナシ付けに来た』とは『話を付けに来た』という言葉の短縮系で反社の人や町のヤンキーまで幅広く使われている言葉だ。


「綺姫、梨じゃなくてナシだよ、話を略して言ってるんだよ」


「え? そうなの?」


 純粋にポケーっと言うと四門さんは大爆笑してて吾郎さんですら笑っていた。六未さんは半分呆れていたけど途中で「普通の女子は知らないのが普通か」と言って落ち込んでいた。


「くっくっくっ、いやいや計算じゃ無ければ君は面白いよ、笑わせてもらった」


「兄貴、そろそろ話を……」


「分かってるさ、じゃあ話を聞こうかセイメー?」


 吾郎さんの言葉に頷くと四門さんの目付きが鋭くなる。俺は慣れていたけど綺姫は慣れてなくてビクッとして軽く震えていた。だから安心させるように手をしっかり握り返した。


「では経緯を説明します、実は―――――」


 俺と綺姫はジローさんにした説明に若干脚色を加えた話をした。綺姫と俺はクラスメイトで前から気になっていた同士で彼女を見捨てる事が出来ずジローさんに逆らったという話に変えていた。ジローさんサイドには八岐金融側には脚色すると伝えていたので疑われる心配は無いはずだ。


「お恥ずかしい話、後先考えずに動いてました」


「アタシにとっても悪い話じゃなくて……むしろ好都合で」


 だから他の男に抱かれるくらいならと思い金を出したんだと大げさに話す。この話は意外と好感触で六未さんは「良い話じゃん」と言ってて吾郎さんも「ほう」と頷いていた。


「なるほど、お涙ちょうだいの純愛話か……まあ流れは分かった」


「はい、ですが俺の浅慮で……その、惚れた女を助けたいと思ったせいで」


 割と言葉にすると照れくさくて顔が熱くなっているのが分かる。言われた方も同じだったようで横を見ると綺姫も真っ赤だった。


「ほ、星明……えへへ……はっ!?」


 キモイと思われるかもと不安だったが彼女は演技が上手で結果的に騙せたようで実際ムツゴローコンビは完全に騙されていた。


「あ~、これマジっぽいよ兄貴」


「はぁ、惚れた腫れただけは理屈じゃねえからな……」


 しかし四門さんは甘くはなかった。俺達を交互に見て頷くと溜め息を付いた後にゆっくりと頷いた。


「分かった、今回は不慮の事故にしといてやる……サツへの諸経費袖の下もジローから先ほど回収したしな」


「ありがとうございます!! そっかジローさんが……」


「おっとセイメーそれに嬢ちゃんも、まだ早い」


 ニヤリと笑って四門さんは続けて言った。条件が有ると、その条件を飲んでくれたら全て水に流すと言い出したのだ。




「じゃあ確かに、そっちが筋通した以上は俺らも黙る……霞堂の羊羹は俺も社長も好きでな、コイツら用にシトロンのケーキも買って来てくれた、これもジローか?」


「アドバイスは貰いました、それにしてもさっきの話ってマジですか?」


「ああ、大マジだ……こっちも損を少なからず出した、嬢ちゃんも構わないな?」


 そう言って確認するとムツゴローコンビにお茶を淹れていた綺姫は俺を見た後に四門さんに笑顔で頷いていた。


「はい!! その……体力には自信あるんで頑張ります!!」


「いい返事だ嬢ちゃん、女にこんな事言わせたんだセイメー、しっかり励めよ」


 ウリウリと肘で突かれるけど心中は複雑だ。頼まれた仕事が仕事だからだ。しかも今から一件行って来いと言われて予定も狂った。


「まあ、俺はいいんすけど」


「じゃあ、うちが世話してるラブホの体験レビューよろしく頼む。カップル限定の仕事で設備の紹介とか面倒でやる奴いなくて困ってたんだ、助かったぜ~」


 この後は綺姫を家に送って今回の騒動は終了になる話だったのに、また面倒な仕事を任されてしまった。

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