第13話 それぞれの事情 その3


「そうか、気が利かないですいません、どうぞ」


「朝シャワー浴びたきりで気になっててさ……私って今、汗臭くない?」


「いいえ、特には……」


 それを聞くと良かったと言って浴室に入ったのを見送ると俺は今さらながら気付いてしまった。自分の部屋でシャワーを浴びてるのがクラスメイトで肉体関係を持った相手だと意識してしまった。


「はぁ、本当に……情けないな俺は……」


 昨晩の事を思い出すと自然と興奮する。綺姫ほどの美少女なら俺の反応は当然だし俺だって健全な男だ。しかも性欲だけは旺盛で厄介な病気持ちだから欲情しない方が難しい。


「シャワーの音だけで興奮するとか……童貞以下だな」


 そういえば自分は素人童貞だったと自嘲気味に笑っていると浴室の方から声が聞こえる。どうしたのかと振り向くとバスタオル姿の綺姫が立っていた。


「ごめん声かけたんだけど、着替え無いの忘れてて……どうしよ」


「あっ、ああ……その、俺のシャツとかで良ければ……くっ」


 濡れた肌と髪に風呂上りのシャンプーの香りで既にクラクラしそうだ。だが今日はダメだ落ち着けと自分に言い聞かせるが体が言うことを聞かない。


「……ねえ、苦しそうだけど大丈夫? その、しよっか?」


 そんな俺の変化は綺姫にもバレバレであっさり言い当てられてしまった。


「大丈夫です……それより服はタンスに有るから好きなのをどうぞ、俺もシャワー浴びるから」


 俺は逃げるように浴室に駆け込むと完全に油断していたと思い知らされた。何をしてるんだ俺は……彼女のため? 女子への気遣い? そんなの全部言い訳だ。


「はぁ、はぁ……楽しかったんだ、久しぶりに一人の夕飯じゃなかったのが……」


 だから油断していた。頭から冷水のシャワーを浴びるが体が言うことを聞かない。マズイ流れで、こういう日は相手を壊したくなる。実際に人を傷付け連行されたのがジローさんとの初対面で、そんな日に似ていた。


「少し落ち着いたか、やっぱり野郎を思い浮かべると少しはマシか」


 だけど相変わらず節操無く勃っている自分の物を隠す方法を考えながら浴室から出ると待っていたのは綺姫だった。


「あっ、やっと出て来た、これ借りて良かった?」


「っ!? え、ええ……」


「いやさ、星明のシャツ意外と胸とかキツくて、だから制服のシャツなら行けるかなって思って着てみたんだ」


 彼女は裸の上にワイシャツ一枚という格好で待っていた。学校のWというイニシャルが胸ポケットに刺繡されているのだが、それが彼女の胸で押し上げられていて余計に興奮する。ちなみに俺の通っている学校は若月総合学院という名だ。


「そうか……じゃあ寝よう、今日は部屋を分けよう俺は奥の和室に」


「さすがに私でも気付くから、辛いんだよね?」


 そんな無防備に近付かないでくれ襲いそうになる。昨日とはわけが違うんだ。


「ああ、だけど……二日連続は、君に負担が」


「だいじょ~ぶ、私だって中三の頃からバイトしてて体力有るし、それに――――」


 そういう問題じゃないと言おうとして彼女の方を振り向くと彼女はシャツのボタンを外し胸の谷間が見えるくらいまで脱いでいた。


「っ!?」


「それに……助けてくれた星明が苦しんでるならアタシだって!!」


 そのまま彼女に抱きつかれた後の記憶はほとんど無かった。




「うっ……」


 少しの息苦しさを感じ目を開けると辺りにムッとした濃密な空気が漂っていた。この部屋で嗅ぐことは無いと思っていた甘い女の香りが薄暗い部屋全体に漂っている。


「おはよ星明、ぐっすり眠れた?」


「えっ!? ああ……綺姫、おはよう、って!? 体は大丈夫?」


 ぼんやり覚えている限り行為中の彼女は大丈夫だと言っていた気がする。俺は彼女に夢中でまるで覚えたての猿のようだったと思う。


「うん、結構凄かったね、聞いてた以上だった」


 聞いてた以上って何だと不思議そうな顔をしていると苦笑を浮かべた綺姫は昨日、待っている間に店の嬢たちから俺のことを聞いていたと話し始めた。


「それは、何というか……」


「星明の好きな事とかも聞いたからさ」


 その後も行為中のことを散々イジられたのに欠片も嫌な気分にならなかったのが不思議で学校でのイジりはストレスだったのに相手が綺姫だと全然嫌じゃなかった。


「でも綺姫、聞いてたなら俺の豹変も……」


「それこそ私の出番じゃん!!」


 綺姫の言うことは正しい。正に俺の症状緩和と安眠のために彼女に大金を支払った。そして彼女は報酬に対して仕事をしただけだ。でも俺は自分でも驚くくらいに困惑していた。


「だけど……」


「私、星明に買われたんだよね? なら、お仕事させてよ1200万円もしたんだからさ、もっと好きにすればいいんだよ」


 目の前の彼女はあっけらかんとしていて学校の時の雰囲気に戻っている。昨日の泣き腫らしていた時や落ち込んでいた時と違い完全に立ち直ったようで俺には余計に不思議だった。


「何で、君は……俺なんかのために」


「何でって? だって助けてくれたの星明だけだったから」


「助けたんじゃない……俺は弱味を握って無理やり」


 今風に言えば援助交際の延長線上で昔風に言えば身受けだ。しかも純粋に助けたのではなくて俺は自分のために彼女を利用した。だから専属になれなんて言ったんだ。昨日は完全にどうかしていて勢い任せだった。


「え~っとさ……別に、よくない?」

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