第12話 それぞれの事情 その2
◆
「家に帰りたくないって、どうして?」
「やっぱり一人の家に帰るのは嫌、せめて明日まで一緒に……」
一人の家に帰るのは堪えるらしく今晩は一人になりたくないらしい。その気持ちは分かる。俺も今の部屋に引っ越して来た夜に途方もない孤独感が襲って一人で惨めな思いで夜を過ごした。
「う~ん、じゃあ俺の部屋……来ますか?」
「う、うん……星明の部屋見たい、私、尊男……ううん、須佐井の部屋以外は男の子の部屋行ったこと無いから興味有る」
また須佐井の名前が出てイラっとすると同時に俺は思い出した。午前中、部屋に戻った時に奴が駅前に居たことだ。今日は学校なのに須佐井は午前中に駅前にいた。
「ってことが有って、この恰好だから気付かれなかったけど……」
「確かに変、アイツ柔道だけは真面目にやってたから学校はサボらないと思うけど……あっ、私、学校どうしよ」
「一緒に連絡しておきましたよ、家の都合で休むって朝聞きましたって、俺からとはクラスの人間に言わないように頼んでおきました」
先ほど電話で担任にも叱られたのは彼女の件も話したからだ。もちろん朝、偶然会って頼まれたとかテキトーな事を言って後は知らないとゴリ押しした。
「ありがと、星明ってそういう細かいとこ気が回るよねマジ助かる、学校でも堂々とすれば良いのにさ~、あっ、そっか」
「ええ、学校で傷害事件なんて起こしたく無いから、着きましたよ」
そしてマンションの下に着いた時は凄まじくハイテンションで「タワマンだ~」とかセキュリティに驚いていたけど部屋に入った瞬間、彼女の表情は凍り付きリビングに入ると説教が始まった。
◆
「てか、こんな良いとこ住んでて部屋が泣いてるし、それに埃だらけの部屋じゃ私も休めないし今から掃除するからっ!!」
「いや、でもっ――――」
「いいからっ!! パソコン周りは触らないから台所とか他は全部やる、ベランダ開けるよ、掃除機はどこ!?」
その後テキパキと掃除を始める綺姫に圧倒されて午後の残りの時間は全て部屋の掃除に回されてしまった。外を見ると夕焼けが綺麗で正午過ぎから今までずっと掃除していた事になるが綺姫は妙に元気だった。
「よ~し!! ゴミ袋六つとか溜め過ぎだから、こっちの三つが燃えるゴミで残りがペットボトルと燃えないゴミで……」
「ちゃんと捨てておくよ……この部屋って、こんな広かったんだ」
「そうだよタワマンで3LDKでしょ広過ぎ、てか私の家よりも全然……にしても物が少ないんだね」
一人暮らしだからと彼女には言ったけど自分で買った物は少ない。家具や家電は全て親に用意され前の家に有った私物は全て父に捨てられた。だから俺が自分で買ったのは三台のPCと周辺機器くらいだ。
「とにかく助かった綺姫、なんか空気も良いし」
「でっしょ~、やっぱ掃除は大事っしょ!!」
部屋もすっかり綺麗になって少し前までは埃まみれの貸し倉庫だった部屋が引っ越して来てすぐの新居に早変わりしていた。
「本当に助かった」
「まあね~、お礼、期待してるから」
すっかり調子の戻った笑顔の彼女を見るとジローさんの事務所を出る時の陰鬱な雰囲気は欠片も残っていなかった。一人の家に帰りたくないと言っていた時と違って今は学校で皆に囲まれている人気者の陽キャの綺姫だった。
「高く付きそうですね、じゃあ――――」
じゃあ何が良いと聞こうとしたら横の綺姫のお腹が盛大に鳴った。そういえば俺も彼女もジローさんの所で朝食をとって以降は昼飯を食べずに部屋の掃除に大忙しだった。
「じゃあ夕ご飯にしましょうか」
「う、うん……あっ、その……」
顔を真っ赤にしているのは恥ずかしかったようで言葉が出ないみたいだ。前に女の子には恥をかかせないようにと夜の街で釘を刺された事が有った。だから俺は気付かないようにする。彼女の今の所持金は325円だ。
「ご覧の通り家に何も無いので出前を取りたいんですけど、良いですか?」
「えっ、う、うん……」
「部屋を掃除してもらったからお礼に奢らせて欲しいんだけどいいかな?」
それに曖昧に頷くのを見て俺はすぐにスマホで検索して一番上に出て来た店に決めた。
◆
「ふぅ……お腹いっぱい、お寿司なんて何年振りだろ、ごちそうさま~」
「良かった、それと先ほどジローさんから通知が来てて明日の11時、その時間に八岐金融に行って欲しいそうです」
綺姫が久しぶりの寿司を堪能している間に連絡が来ていた。時間や場所とお土産などの指定までされていて割とガチだったのに焦る。
「中トロでこれなら大トロはどうなっちゃうんだろう……美味しかった」
「今度、もし良ければ……また……二人で、食べましょう」
「ありがと、でもダメだよ贅沢のし過ぎは」
だけど今の俺には彼女の笑顔が見れるならケチらずに竹ではなく松コースや、もっと上の極や匠コースを頼むべきだったと反省した。たぶん彼女はどれを頼んでも喜んでくれたんだろうと謎の安心感も有った。
「大丈夫……なんせ綺姫に、もう1200万円も使いましたから」
「あ~、そっか私ってそんなにお金のかかる女だったんだ~」
苦笑しているけど少しは前向きになったようだ。だから俺も気付かない振りをして会話を楽しむ。
「なので今さらです、ただ贅沢のし過ぎはダメというのも分かります」
そして明日も早いから寝ようと提案すると綺姫が思い出したように言った。
「あっ、星明……その、シャワー借りて良いかな?」
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