第二章「気になる二人のカンケイ」

第11話 それぞれの事情 その1


「おう戻ったか、お前の女が待ってるぞ~」


「ジローさん、もう確認してくれたんですね」


 店に戻って来ると夜とは打って変わって閑散としていた。この夜の街の中心は昼間は廃墟の様に静かに眠るのだ。本場の眠らない街とは少し違うのだ。


「ああ、これで嬢ちゃんはお前のもんだ」


「あ、星明おかえり~」


 綺姫を迎えに行くと完全に店に馴染んでアイスコーヒーを飲みながら他の嬢達と話していた。昨日まで泣いてた人間とは思えない適応能力だ。案外、俺が助けなくても店で上手くやっていけたのではと思ってしまう。


「本気でそう思ってんなら節穴だセイメー」


「やっぱ、そうですよね気丈に振る舞ってても親に捨てられたんだから……今日はゆっくり休むように言いますよ」


「大事な初カノだもんな、お前にも、やっと春が来たな実際もう夏だけどな」


 そんな話をしている内に借用証書を受け取りその場で燃やした。電子版や写しも無いらしく綺姫の借金、正確には両親の借金は完全に無くなった。


「でも実際、親の借金を子供に返させるなんて法的にアウトですよね?」


「ああ、今度、四門に聞いてみろ、あいつ元司法書士だしな」


「えっ、じゃあ何で今は悪徳金融やってるんすか?」


 それこそ本人に聞けと言われてしまって俺達は帰ろうとしたのだが最後に一言とジローさんに呼び止められた。


「何ですか?」


「いやな、後で連絡すっけど、お前らの今後の話だ」


「あ、あの、もう私は大丈夫なんですよね?」


 さすがに不安顔になった綺姫を見て俺にも不安が伝染して慌ててジローさんを見る。キチンとケジメは付けた上での話でも目の前の人は反社会的勢力のヤクザだ。いきなり約束を反故にする可能性だってゼロじゃない。


「ああ、お優しい彼氏が、ぜ~んぶ払ってくれたから文字通り売約済みだ」


「そんな、まだ早いですよ~、でも私はいつでも行けるっていうか……」


 なんだか綺姫がジローさんと仲良くなってる気がする。僅か一日弱でここまで距離を縮めるなんて……俺の場合は一年以上かかったのに、やはり陽キャのコミュ力は凄い、ヤクザすら懐柔するのか。


「あ、綺姫なんの話を? えっとジローさん、それなら何の問題が?」


「あ~、まあ、まずは俺の実家の八岐金融には、なるべく早く菓子折り持ってけ今回はあいつらのメンツを潰す形になったからよ」


 そこで俺はジローさんの言わんとしている事を理解する。なるほどと頷くが綺姫の方は分かってない顔をしていて説明が必要だと思い口を開いた。




「八岐金融側は今回、無駄に苦労させられただけって事なんだ」


「へ? ど~いうこと?」


「ジローさんの前で言うのもあれだけど下らないプライドの問題だよ」


「そう言うな、メンツが大事な商売なんだよ、つまりな嬢ちゃん――――」


 八岐金融は今回の取り立てで1200万弱の仕事をした。そしてジローさんにその成果である綺姫を渡して仕事は完了したはずだったが俺が介入した事により借金はアッサリ返されて骨折り損のくたびれ儲けになったのが今の状況だ。


「でも、お金は星明が払ってくれたし誰も損はしてないよね?」


「普通ならそう考える、でも向こうからしたら俺がもっと早く金を払ってればジローさんに綺姫の面倒を頼む必要は無かったし取り立てもしなくて済んだ」


 つまり、やらなくていい仕事を増やした形になるし、俺や綺姫という一般人に舐められたと見る事も出来る状況だ。


「しかも俺に対するマージン、つまり嬢ちゃんをうちの店に引き渡す際の仲介料も八岐金融は払わなくて良かったわけだ」


 向こうは俺がジローさんと懇意にしているのも知っている。だから俺を利用してジローさんが二重取りしたと難癖つけられる可能性も有る状況だ。


「だから、ご迷惑おかけしましたっていう挨拶が必要なんだよ」


「で、でも黙ってれば……え? ダメなの?」


 確かに向こうが気付かないのもゼロじゃないけどリスクの方が高い。同じ懸念をジローさんも感じていたようで俺の代わりに答えてくれた。


「逆にバレた場合はどうする? 下手したらゴローの奴が客として来るかもしれない、その時お前が店に居ないってバレたら返しが来るぞ?」


「かえし?」


 言葉通りで仕返しの事だ。俺もジローさんや夜の街の人達が使っているから自然と覚えた言葉だと説明したら綺姫の顔が固まった。


「ま、また殴られるの!?」


 昨日の事を思い出したのか震えている。そっと抱き寄せて大丈夫と言うと震えは止まったけど昨日の件はトラウマになっているようだ。


「だから先手を打って謝れって話ですよね?」


「ああ、俺からも詫び入れっけど、お前らからも頼む、菓子代は出すからよ」


 なるべく早い方がいいと明日は空けておけと言われた。幸い明日は土曜で俺達は問題無い。これで今度こそ終わりだ。しかし、そう思ったのは俺だけだった。




「何、これ?」


「まあ若干は汚れてますが……掃除も最近は、してませんが……」


 俺の部屋に来た綺姫の最初に放った一言がこれだった。別にそこまで問題無いと言うと綺姫は呆れたように溜息を付いて俺の部屋の惨状を解説し始めた。


「どこが、どこが若干って? 流しはカップ麺の容器だらけで一週間は洗ってないよね? 何でGが出ないか不思議なんですけど、それに床も埃だらけで歩く度にフワフワ浮いてるし、ベッドにまで薄っすら積もっててアリエナイ、これじゃシックハウス症候群一直線なんだけど!?」


 何で綺姫が俺の部屋に来て俺を説教しているかというとジローさんの店を出た所から話を戻さなければならない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る