第10話 始まったウソと契約 その4


 思わず何がと聞けばジローさんは自分の経験談だと言って話し出す。


「俺も十年以上前は女とやりたい盛りで、とっかえひっかえしてたんだよ」


「ブイブイ言わせてたってやつですね?」


 会話に混じって来たのは俺の分のベーコンを物欲しそうに見てたから「どうぞ」と言った瞬間、勝手に目玉焼きまで奪って行った綺姫だった。


「おう、嬢ちゃん、てか飯食ってる時にわりいな」


「大丈夫ですよ~、たまに女子同士でお昼食べてる時にエッチの話とかしてますし」


 そうなのか陽キャって凄いなと言うと自分は処女だったから聞き役に徹していたと強調され二回も言われた。


「そうか……最近のガキはすげえな、まあ、じゃあ良いか、んでヤリまくったら病気もらってな、あれ痛ったいんだわ」


 その後も性病は危険でエイズなんて移されるなんて最悪だ。だから不特定多数と関係を持つよりも綺姫一人の方が俺にとっても安全だとジローさんは力説した。


「それに綺姫も夜の仕事で変な病気をうつされるリスクも減りますね」


「うんうん、星明とだけなら安心だよね~」


「そういう訳だ、せっかく彼女も出来たんだ、こっちのバイトはしなくていいからよ、それを言いたかったんだ、嬢ちゃんも安心だろ?」


 それに笑顔で頷いている綺姫に対して俺は頭にクエスチョンマークを浮かべていた。バイトはバイトですべきではないだろうかと思ったからだ。


「え? 何でですか?」


「いや、何でって……まあ、お前以外の人材も育って来たしよ、あと未成年を出入りさせるリスクも減るし何より曲がりなりにも初めて女が出来た奴に他の女とヤらせるほど俺は野暮じゃねえ」


「さっすが親分さん!!」


 そう言いながら自分で二枚目のトーストを焼いて食べるのは肝が据わっている。陽キャが凄いというより綺姫自身が凄いのかもしれない。


「親分て、なんか嬢ちゃんはアレだな若干古いな見た目はギャルなのに、まあ俺なんて本部長の補佐って本来なら役職無しだからよ……あ~、便所行くわ」


 どうやら照れたようでトイレに立ってしまったジローさんを見送ると綺姫の方も何か思う所が有ったのか口を開いていた。


「ギャルって、アタシ自分でギャルとか思ってないし……」


「学校では一組の三ギャルとか言われてましたが?」


「あ~、他の二人がそうだから一緒にいる私もセットにされてんだよね」


 そうだったのか噂通り清楚系ギャルファッションなのかと思ったと言えばゲンナリした顔をしていた。


「なんか……違うみたいですね」


「その……髪長いのは伸ばしてるからじゃなくて美容院代が高いから自分で切ったり母さんに頼んだりしてて、あとメイクはナチュラル系って言い張って百均のを薄く伸ばしてて……はぁ」


 話を聞くと貧乏で気分が落ち込むから学校の中だけでも明るくしていた事や、メイクも雑誌を立ち読みして自分の予算内でやりくりした結果、今のギャル風な状態になっただけらしい。


「本当はもっと違うのも挑戦したいし髪だって……」


「何というか……意外な真実ですね」


「アタシからしたら星明……くんの方が意外、事情は聞いたから分かったけどさ」


「昨日も言いましたが、俺のことは呼び捨てでいいですから……綺姫」


「う、うん……そだね、星明……」


 なぜかお互い照れ臭くなってる所にジローさんが戻って来て雨も小降りになったから早く残りも送金しろと言われ俺は一人で家に戻ることになった。




 マンションに戻ると半分以下になってしまった自分の口座を確認すると複雑だった。ここからさらに二百万円引かれると残りは三百万弱しか残らない。


「とてもじゃないが大学の費用は……」


 今さら後悔しても遅いが悪い事だけじゃない今までの夜の店への金や時間が綺姫一人で賄えるなら安いものだと思う。


「いや、割高だか……ま、自分で決めたんだ仕方ない」


 そうだ、それに今は少しだけ自分が誇らしかった。自分のためだけに金を稼いで虚しく女を抱いてた日々に比べたら仮初とはいえ恋人が出来たのは良いかもしれないし俺には他にも目論みが有った。


「もし、恋人の振りで……俺の病気が治るなら」


 以前、俺の病気はトラウマから発症した可能性が高いと医者に診断されカウンセリングも受けた。一番大きく関わっているのは母親の不倫現場を見た事や両親の離婚が原因だろうとカウンセラーは俺に言った。


「俺は幸せなビジョンを見たことがない……か」


 幸せになりなさいなんて言われて当時は困惑した。でも今は少しだけ前向きに考えられそうで彼女となら可能かもしれないと思えるから不思議だ。


「送金完了っと……じゃあ人質を迎えに行きますか」


 この部屋に一人で戻ったのは今も綺姫が店で人質として待っているからだ。当然の措置だろうし俺達も納得した。だから作業を終えて店に戻ろうと駅前に来ると意外な人物に出くわした。


「あれは……須佐井?」


 今は学校の時間なのに何でこんな所に居るんだと自分の事を棚に上げて疑問に思う。ちなみに俺は先ほど学校に仮病の連絡を入れたばかりだ。気になって見ていると一瞬目が合ったが、すぐに反らされる。


(今の姿でバレるのはマズい……だが須佐井の話なら綺姫にも教えた方が……とにかく一度戻ろう)


 俺は変装したままで須佐井の横を通り過ぎるが気付かれなかった。やはり変装は完璧だ。だから戻る電車の中で綺姫はどうして俺を一発で見抜けたのか気になった。


「やっぱり綺姫は特別なのかもしれない……」

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