第7話 始まったウソと契約 その1

「えっと、その……へ?」


「ほんと、どうでもいい!!」


 俺は間抜けな顔をしていたと思う。先ほどまで天原さんは泣いて目を真っ赤に充血させていたのに今は怒りで顔を真っ赤にしていたからだ。


「だって、私を見捨てたんだよ!! しかも助けにも来てもくれないし!!」


「いや、それは当たり前では?」


「えっ?」


 須佐井のやった事は聞く限り最低な行為なのかもしれない。だが考えて欲しいのは一介の高校生が本職の借金取り相手にビビって逃げるのは当然だという話だ。俺は天原さんにそのことを話した。


「違いますか?」


「で、でも……」


「でも?」


「……葦原は、殴られても私を助けようとしてくれた……よね」


 それはさっきの事を言ってるのだろうか。助けようとはしてない……と思う。先ほどジローさんに言われた通り俺は彼女の境遇に同情しただけだ。そう、それだけだ。


「ただの気まぐれ、です……」


「じゃあ気まぐれで私を庇ってくれたの?」


「そうなる……かな」


 だけど今のが俺の言い訳なのは彼女にもバレているようで表情を見れば一目瞭然だ。これ以上、余計なことを喋る前に俺は黙った。他人に弱味は見せたくないし目の前の少女は少し苦手だ。


「ふ~ん、そっか~、そうなんだ~♪」


 反対に目の前の天原さんは頷いて笑顔になっている。今の今まで不機嫌だったのに一転して今はご機嫌だ。まったく理解できない。


「そうだ!! 怪我してるよね? 消毒するから見せて」


「いや、特には――――」


「ここ、口の端切れてる」


 そう言って顔を近付けて俺の口の近くを指差した。息のかかる距離で夜の街の女の匂いとは違う清廉で普通の女の子の香りがして頭がクラクラする。症状が出そうになるが俺は必死に心を落ち着かせた。


「このくらいで、大丈夫……だから、離れて天原さん」


「ダメだよ、それに部屋入る前に渡されたカゴの中にイソジンも有るし、あのヤクザ屋さん案外と優しいね!! これで消毒出来るよ」


「いや、それはそういう使い道じゃない!!」


「そうなの? でもバイキンとか入ったら大変だし!!」


 そのまま有無言わせず口の端を消毒してくれた手際は鮮やかで手慣れていると思った。だから思わず聞いていた。


「手慣れてますね?」


「あっ……その、尊男が柔道で怪我したりしてたから……手当てしたりとか、ね」


 そう話した彼女の目は過去を思い出したようで悲しそうな顔をしていた。その表情に俺は言いようもない苛立ちを感じイラっとした。


「ありがとう、もう大丈夫……じゃあ、どうする?」


「あっ……うん、その覚悟は決まった……でも私さ、初めてで」


「大丈夫、全部任せて」


「う、うん、その……優しく、してね」


 彼女の赤いカチューシャは邪魔だから取ってベッドの脇に置くと、そこから先は曖昧だ。ただ彼女の名誉のために言っておくと頑張ったとだけ言っておこう。




「ね、ねえ起きて葦原」


「うっ、う~ん……あれ? 何で天原さんが?」


 目を開けると天原さんが、はにかんだ顔を向けていて何か変な夢でも見ているのかと混乱した。最近は嫌な夢しか見てなかったから不思議だ。


「えっ、そ、それは――――」


 慌てる彼女を見て一気に俺の脳が覚醒する。短いとはいえ安眠できたから完全に油断していた。夢じゃない……これは現実だ。


「しつれい、思い出しました今は何時ですか?」


「えっと、ごめん分からない」


 そういえば、この部屋には時計が無い。客に時間を悟らせてはいけないという配慮らしく嬢にタイムキープをさせて自覚を促す意味も有るとジローさんが前に言っていたような気がする。


「スマホは……外か、天原さんのも取られてますよね?」


「え? いや、えっと……その、スマホ持ってないから」


「ああ、ガラケーですか――――「そ、その……私、ケータイ自体持ってなくて」


 俺が不思議そうな顔をすると彼女は恥ずかしそうに顔を真っ赤にすると蚊の鳴くような声で家が貧乏だから持ってないと言った。


「すいません、気が付かなくて」


「いいよ、普通は持って無いの珍しいし……」


 借金が多いとは聞いていたが節約していたらしい。少し余裕が出たから次の疑問も出て来る。彼女は陽キャ中の陽キャで連絡ツールは必須だろう。今まではどうしていたのか気になった。


「あ、それはね私の家はケータイ禁止だって嘘付いてた、尊男だけは家の事情知ってたから、なるべく一緒に行動してたの」


「それで何とかなるんですか? その、放課後の付き合いとか」


「うん、バイト代は皆とのカラオケ代と後は親に渡してたから……」


 それだけ言うと溜め息を付いた彼女に備え付けのウォーターサーバーから水を注いで渡す。


「ふぅ、ありがと」


「備え付けなので好きなだけ飲んでいいですよ」


「うん、そっか、私、さっき夜のお仕事の人バカにしてたけど私の家より全然いいんだね……この部屋も、笑っちゃうよ……あはは」


 その自虐的な笑いに素直に賛同できなかった。やはり目の前の天原さんは俺と同じだ。親の都合に振り回されて親のために頑張って最後は捨てられた被害者だ。


「天原さん……」


「あっ、ごめん葦原……その、私の初めて優しくしてくれてありがと……学校辞めても……その友達でいてくれると、あっ、出来ればたまに遊びに……」


 良くも悪くも彼女は俺に抱かれたことで働く覚悟が決まったみたいだ。だけど俺には頭の中に別のプランが有って自然と口が動いていた。


「……天原さん一つ聞いても良いですか?」


「な、なに?」


 しかし、その提案は最低な内容だ。彼女の弱みに付け込んで自分の利益を最大限に得るゲスな取引だ。でもジローさんも言っていた……情けは捨てろ自分だけ助かればそれで良いって、だから俺は言った。


「この店で不特定多数の男性に抱かれるのと、俺の相手だけをするのを選べるとしたらどちらが良いですか?」


「え? なっ、い、いきなりどうしたの!? そりゃ私は……」


「出来ればキチンと答えて欲しい……」


 俺が天原さんを見ると少し考えた後に彼女は口を開いた。

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